【104】
母を平成8年4月9日に入院させ、私も多少
は心に余裕が出来た。しかし、嫌がる母を入
院させたことで、私と母との信頼感は残念な
がら離れて行った気がする。「心の隔壁」と言
える。
私は職場で教習生を指導しながら、「母を無
理矢理入院させたことは、果たして良かった
のだろうか」と、頭に何度もグルグルと回り、
余計なことを考えながら教習をしていたよう
な気がする。
ただ、間違いなく、母にして見れば私は「悪
い息子」、自分の心を殺す「憎むべき人間」と
して脳に刻印されたことだろう。
母は何回か過去に入院しているが、今度は子
供である私が、嫌がる母を精神科に入院させ
た。奇しくも父と同じ土俵にいることに、自
分の運命というものを痛切に感じた。この平
成8年4月の入院が、私が母を入院させた最
初の行為である。この瞬間から、以後の過酷
な人生が幕開けとなった。
さて、平成8年4月16日(火)は、職場を定
時退社して同じ指導員仲間3人を連れて東京
ドームで巨人対中日戦の観戦をした。巨人は
槙原投手が先発だった。母を入院させて一段
落した後だったので、私もホッとした中での
憩いの瞬間だった。葛飾生観という個体を身
に纏う私の今生において、野球は切り離せな
いスポーツだ。
この試合で、巨人の落合と外国人選手のマッ
クのホームランを見た。巨人は3ー7で負け
たが、指導員仲間にも喜んでもらえて良かっ
たと思った。
平成8年4月22日(月)、母の面会に行く。
前回よりも症状は回復しており安心した。そ
の後、母の居ない実家の団地に寄り、ポスト
の確認をする。そこに、「年金受給権者現況
届」というものが入っていた。母は以前、こ
れに記載し杉並区の社会保険業務センターに
送っていたが、区長の証明印が無く不備で、
再提出を要請された書類だった。私は直ぐに
区役所へ行き、証明印を押してもらい再提出
した。
また、この日の午後、江東運転免許試験場に
大型免許の関係で行った。視力検査前、「視
力回復センター」という場所で練習をした。
特に深視力の練習をお願いする。15日(月)
に深視力が不合格となっていたので、この日
に再チャレンジしたのである。
そして試験場に行き、深視力は一発で合格し
た。振り返れば、私のような左眼が極端に悪
く、左手に障害があっても、何とか大型免許
を取得することが出来た。ただこの瞬間、メ
ガネが全車種義務付けられた。運転免許証の
サイズもテレホンカード位のものになってい
た。貼付した2枚の写真がある。私の運転免
許証だ。様式が異なる。平成7年に普通2種
を取得した頃の免許証を見ると思い出す。府
中試験場へ普通2種の申請に行った日は、地
下鉄サリン事件が起こった日で、私が乗った
日比谷線の電車の2~3本後に続く車両が被
害に遇った。
私は府中試験場で視力が不合格となり、試験
場に隣接するメガネ店に入る。その店で流れ
ていたテレビで事件を知った。パトカーや消
防車、警察官や救急隊で画面が埋め尽くされ
、騒然としていた。阪神・淡路大震災の余韻
が残る中の出来事で、強く私の記憶に残って
いる。帰りは地下鉄を利用出来なかった。
その後、4月10日に再度試験場に行く。技
能試験は一発で取得している。そこは現職の
技能指導員なので、当たり前と言えばそんな
ものだろう。試験官から、「何の仕事をして
いるの?」と言われたのを覚えている。そん
な世の中がゴタゴタした頃に取得したのが普
通2種だ。そして、教習指導員審査の不合格
が続き、更に母の精神病の悪化で混乱中に取
得したのが大型1種免許である。
そして、私は取得した大型免許を携帯し、そ
の足でまた近所の教習所へ行き、今度は牽引
免許の入所手続きをした。母が入院している
間に「チャレンジ出来ることはやってしまお
う」という前向きな気持ち、生きる力が私に
あった。
同時にその頃、職場では自動二輪車の学科教
習の規定が変わり、自動二輪免許(小型以上)
の無い指導員は自動二輪免許を取得しなけれ
ばならなくなった。私は原付しかないので、
新規に免許を取らなければならない。
4月19日から職場で小型(125cc)の特訓
を受けることになった。私生活では、密かに
牽引免許取得の為、教習所通い、職場では小
型二輪の特訓と忙しい毎日が続いた。
また、数日前にデートした女性から何度か手
紙が届いた。赤羽でのデートが楽しかったと
書いてあり、社交辞令だとは思うが、些か私
のような人間でも異性の心に残る時間を与え
ることが出来たと安堵した。手紙には次回会
う予定日を調整する内容が書かれていた。電
話で調整すれば良いのだが、私が乗り気では
なかったから手紙にしたのだと思う。それは
、もし交際するとなれば母のことも話さねば
ならないし、今後、教習所を退職して仕事を
探す予定でもあった。私はまだ人間として未
完成であり、異性を責任持って養う力はない
と思っていた。手紙の返事もかなり日数をお
いて出したと思う。通常、恋愛感情というも
のはワクワクしたり、次に会う日が待ち遠し
いもののはずだが、私の場合、気が重くなっ
てしまう。それほど日々継続して異性から好
まれる性格ではない。明らかに自分を取り繕
うことになる。その背景には、親のこともあ
ったが、職場で好意を抱く女性に対して嫌わ
れる行為を意図的に実行しているのに、他の
女性と付き合おうとする汚れた自分の心に、
何か卑怯なものを感じたのだろう。心が拗け
た表現方法しか手段が見つからなかった。
牽引免許は、とにかく指導員を退職して「新し
い人生を」という出処進退の要素が含有してい
たのだが、他方、職場では学科教習をやる為
に小型二輪の特訓を受ける自分がいた。相反
する精神状態の中、教習コースをバイクで走
っていると、何となく充実感というものがあ
った。
私の指導をしてくれる先輩指導員の一言半句
にもありがたい気持ちがあった。腕や肩に力
が入りすぎて、ハンドル操作がコチコチだっ
たものが、次第に8の字走行、アクセルワー
ク、ブレーキングも様になって来た。バイク
と自分の体が一体になっていく。
平成8年5月1日(水)、母から電話があり、
担当医から外泊の許可が出たと言う。また職
場を欠勤しなければならない。折角、先輩が
休憩時間を削り、私にバイクを教えてくれて
いる矢先、このタイミングは水を差してしま
う。しかし誰のせいでもない。
2日午後に迎えに行くことになり、その日の
午前中に私は府中試験場に向かい、小型二輪
の一発試験の予約をした。これなら先輩の信
義に背くことにはならない。試験日は平成8
年5月21日である。
そして5月2日午後に病院に行き、母を外泊
させた。自宅に戻った母は洗濯をして、夜の
食事の買い物に自転車で出掛けたりしていた
。外泊が余程嬉しかったのか時折笑顔になり
、その姿に私も素直に「良かったのかな」と思
ったものだ。
キチンと処方薬を飲んでいれば良いのだが、
具合が悪くなると飲まなくなる。それが一番
心配なのだ。
【今日の閑話:人の不幸の上に自分の幸せが
築かれてしまう現実】
当時の日記で気づいたことは、午前と午後を
有効に活用していたことだ。50に手の届く
今、一日が非常に短く感じるが、昔は精力的
にあちこちに歩き回っていたのだとつくづく
思う。
また、最近の悲惨なニュースを見て思うこと
は、人の「運」「不運」というものは、何かの力
が働いているとは思うが、それが宗教を信じ
る熱心さとか、祈りの強弱とか、日頃の自分
の行いとか、そういった俗世の影響、或いは
神仏の御加護を超えたところにある様に思う
。それは「縁」だと私は思う。
些か唯心論を否定するようだが、人と人の間
に横たわるのは「縁」だろう。よく、「縁が無
かったんだよ」と、諦めの言葉として使われ
るが、ある人や組織から離れると、「縁が切
れた」と安易に言うが、その人の一定の時間
は間違いなくその縁の下に人生があったのだ
。
縁というものは切れるものではなく、自分の
人生絵巻に塗り重ねて行くものではないだろ
うか。その人や組織があって、自分の人生が
続いているのだ。その中で、優しさのある人
は、他人に心を支配され悪事を働いたり、変
な集団に加入して金品を奪われたり、時間と
心を提供したりしてしまう。
ただそれは、自分が相手方との兼ね合いにお
いて、相手方にそうした悪い気持ちを与えて
しまう要素、隙もあるのだと思う。従って、
原因は双方にもあるということ、それも「縁」
である。従って、いわゆる縁を切るという行
為は、自分のためでもあるが、他人や組織の
ために作用することもある。離婚もそうかも
知れない。自分のため、相手のためでもある
。未来のために結婚し就職し、未来のために
離婚し退職する。
勿論、他人を疑うだけではふれあいが限定さ
れ、心身共に行動力も限定される。物事の視
野が狭くなる場合もある。だが私自身、心を
オープンにして他人を判断・取捨出来るほど
、その能力があるとは思えない。私は他人を
評価出来ないし、寧ろ、これまで「善い人」だ
った人を私と出会ったことで悪い人間にして
しまうのではないかと不安になることがある
。こうした相対的な人と人の縁は、希望と同
時に絶望をも含有している。
人を信じるということは、本当に難しいが、
信じるなら「覚悟」というものが必要だろう。
先日、「しくじり先生」という動画を観た。ゲ
ストは元プロ野球選手の新庄剛志氏だった。
彼はしくじりに至るまでのプロセスを宥恕に
述べていたが、希望から絶望、そしてまた希
望へと向かう新庄剛志氏の生きざまを知り、
大変興味深い内容だった。
人を信じることは自分の責任であると同時に
、人を信じる勇気というものも感じた。放埒
感ある新庄剛志氏の苦悩は、当時の画面から
は想像出来ないが、誰もが何かしらの困難を
感じて生きているのだ。
そしてまた、私が他人から信じるに値する人
間かは、かなり疑問が残るだろう。人の評価
というものは他人と比較した中で起こること
で、「縁」による流動的なもなのだ。
例えば、元プロ野球選手の桑田投手と清原選
手だ。私と同い年で、二人とも応援していた
が、引退後、桑田氏は大学で野球の指導を、
清原氏は事件を起こして逮捕されてしまった
。明暗分かれたが、私にして見れば今も二人
はスターである。
性格も桑田氏は理路整然と話し、朴念仁のタ
イプ、清原氏は反対に「動」タイプだろう。ど
ちらも魅力がある。しかし、本人らにして見
れば、自分にないものを持つ相手に、何を思
ったかは分からない。もしかしたら、劣等感
があったかも知れない。
桑田氏は若い頃、金銭トラブルに見舞われ、
彼を知る人からの評価は決して良いものでは
なかった。しかし、年齢を重ねるごとに、桑
田氏の生き方の方が評価される感じに見えた
。そこには、桑田氏が縁した人のお陰もある
し、彼の「要領」の良さもある。要領は生きる
力があるということだ。
生きる力がある人が、世の中では「善い人」で
あり、逆に要領の良くない人を「悪い人」と評
価される。
しかし、人間は一方が善い人の評価を受けれ
ば、他方は悪い人を演じる傾向がある。私自
身、どちらも経験があるので分かるが、他人
の評価というものは、必ず双方の比較でしか
ない。テレビドラマを観ていても、昔はヒー
ローやヒロインの仕草や言葉に影響を受けて
いたのが、年を重ねると脇役の仕草や言葉に
、人間の真実があることが分かる。評価は、
他人の自由な受取り方で色づけがされるのだ
。
思想も同じである。いわゆる右翼・保守派で
なければ左翼・革新派であるという極端な評
価、偏見をしがちだ。右翼をネトウヨ、左翼
をパヨクと批判しているが、人間はそんな単
純な思考回路で生きていないと思うのだ。
私は、
天皇制賛成
国旗掲揚・国歌斉唱賛成
憲法改正賛成
夫婦別姓賛成
外国人の参政権と選挙権反対
日米安保反対
自衛隊強化賛成
靖国参拝賛成
沖縄米軍基地移転賛成
ヘイトスピーチ反対
TPP反対
特定秘密保護法反対
である。
日米安保に反対だから、我が自衛隊の強化を
主張しているのだが、それが一般論とすれば
矛盾しているらしい。そこに顕在するのは、
自衛隊という組織は、そもそも米軍の下部組
織として設立されたものであり、究極的には
日本国を防衛するのではなく、米軍の指揮下
で活動することが昔に米国と結ばれた指揮権
密約で明らかになっている。
日米安保条約というのは、朝鮮戦争の時に、
米軍が日本に戦争協力をさせるために書いた
取り決めなのだ。そして、日本に警察予備隊
を創設させた。これが自衛隊の前身である。
また、この朝鮮戦争は平成30年の今日にな
っても終戦していない。韓国と北朝鮮が38
度線で睨みを利かせているのはこのためだ。
従って、今も日本は本当の独立国家ではない
。
米軍は、当時以下のようなことを書いていた
。
①この条約(安保条約)が有効な間は、日本
は軍隊を創設しない。ただし、米国政府の決
定に完全に従属する軍隊はその例外とする。
②その軍隊は、戦時には米国政府が任命した
最高司令官の指揮下に入る。
③その軍隊は日本国外で戦闘はできないが、
前記の(米国が任命した)最高司令官の指揮
による場合はその例外とする。
こうして、現在の自衛隊が憲法を改正して、
理由はどうであれ米国の国益を背景に米軍指
揮下に入り、米国のために戦う可能性は極め
て高い。私はそれに反対である。私が憲法改
正に賛成なのは、真に日本のために動く自衛
隊にするならば賛成という意味である。
拉致問題や日の丸、国歌斉唱は右翼的思考で
、沖縄問題は左翼的思考と思っていても、第
三者は曖昧な評価を望まないし苦手だ。どち
らかにその人のスタンスを求める。複雑な人
間の感情を排除した方が評価しやすい。私自
身も、他人をそのように見てしまっている。
人間の実像はそんなものだ。
このように、善い人・悪い人というのも流動
的なものでしかない。従って、善い人が常に
善い人でいられるはずもなく、悪い人が常に
悪い人だと評価して良いはずもない。
だが、組織体で主体者が人の評価を断定する
と、次第に人間はそのような雰囲気を醸し出
し、そのような行動を取るものである。この
「空気の力」というのは非常に強い。人間が心
を強く保ち、世間の決め付けに負けない為に
は、「空気の力」を跳ねのける勇気が必要だ。
私には、この空気の力を跳ねのける「要領」と
「勇気」が極めて弱かった。だから、清原氏が
離婚を期に薬物依存に堕ちていった姿を、何
となく事情は理解出来るのだ。
清原氏は「番長」などと呼ばれていたが、実際
はちょっと違い、優しい男で要領が悪く、生
きる力が弱かったと思うのだ。
よく、「他人の不幸の上に自分の幸せを築い
てはいけない」と言う。誠に心に受け止めな
ければならない言葉である。しかし、これを
皆が実行すると、組織はメチャクチャになる
だろう。皆が「善い人」になろうと努力すると
、必ず排除の心理が働く。
新庄剛志氏の話に戻るが、彼が大リーグに移
籍した年、メッツにブライアン・コールとい
う名前のドラフト1位の選手がいた。彼の存
在によって、人数枠で新庄氏はメジャーに出
場出来なかった。ところが、ブライアンが交
通事故で死んだ。そのことで、新庄氏のメジ
ャー昇格が決まった。しかも昇格したその試
合で大活躍をした。
これは、他人の不幸の上に自分のチャンスを
掴んだのだ。確かに、ブライアンの事故がな
くても、いずれメジャーに昇格していたかも
知れないが、このタイミングでなければ活躍
出来なかったと私は思うのだ。何故なら、タ
イミングが違えば、対戦チームも対戦投手も
異なるはずで、総てが違う結果に終わっただ
ろう。やはり縁というものが働いたと思う。
もし、新庄氏が他人の不幸の上に自分の幸せ
を築いてはならないと思いながら打席に立っ
ていたら、自責の念で本来の力は出せなかっ
たと思うのだ。そう考えると、人間はきれい
ごとでは生きられない。
人間が強く生きるということは、結果的に他
人の不幸、他人の失敗の上に自分のチャンス
、成功を築いてしまうこともあるという自覚
が必要なのだ。そのことに自責の念を感じ続
けていればチャンスは逃げて行く。他人の排
除の上に、自分の居場所を確保することは、
人生にいくらでもある。
同時にその逆もある。自分の失敗・体調不良
等によって他人にチャンスを渡すこともあろ
う。あくまで評価は流動的なのだ。従って、
公平や公正・平等な道徳心、白黒ハッキリし
た物事の行方を求める人は、常に人心が乱れ
続けるのだ。
また、コンプライアンスという法令遵守の作
用が働いたり、私がやって来た規律・規則、
モラルの高い職場では、建前や美辞麗句が踊
り、皆が内股膏薬で行儀良くなる。そこで人
間は自分の居場所を確認するため比較対象を
探して、悪い人を生産し、排除するのである
。そうしないと人間は心理的に耐えられない
のだ。
平成29年には排除という言葉が流行った。
あたかも人間的価値がないかのような印象を
与え、生きる元気もなくなる。しかし、誰に
責任がある訳ではない。組織や集団は、離合
集散を繰り返して成長して行くのだ。そうい
うものである。会社には定年退職という強制
排除もある。
善い人は悪い人を生産し、悪い人は善い人を
援助する。人の評価は流動的だ。清原氏と新
庄氏の動画を観てそう感じた。だから、清原
氏も悪い人から抜け出す日が必ず来る。
(つづく)


