4連休2日目。
ニッキ、カッちゃんが退所、ヒガシが残って「少年隊」の名前も残る。
のニュース。
ジャニさんいなくなったしな…。
退所もありだよな。
もう誰が退所しても驚かない。
「功績とメンバーの意向を尊重して「少年隊」の名前は残る」。
そういうのもありだな、違和感がありませんでした。
解散じゃない、退所者いても名前が残る少年隊。
SMAPファンの皆さんは不満ですよね…。
SMAPは解散したけど、みんなの心の中に残ってますよ。
中学のころ、流行りのアイドルはたのきんトリオ。
マッチのデビュー当時のお茶の間ファンで、レコードや雑誌は買ってました。
そのあと、シブがき隊はヤッくん推し、
少年隊の「仮面舞踏会」もリアルタイム、何となくヒガシ推し。
高校のときはアイドルより音楽、尾崎豊やチェッカーズのFCに入会。
上京して、バンドブーム・インディーズブームでライブハウス通い。
(このころ、世の中では光GENJIが大人気でした)。
聴かせる男性シンガーも好きで槇原敬之やら徳永英明もファンでした。
徳永さんのFC会員でMステ観覧募集があって応募したら当選!
東陽町の放送センターで収録、ジャニ枠は少年隊でした。
(そのころは週替わり交替で光GENJIとSMAPが出ていたような…)。
少年隊はカッちゃんが松葉づえでした。
その記憶から1993年11月19日、少年隊「EXCUSE」で出演の回っぽいです。
ということで、
私が初めてナマで拝見したジャニタレは少年隊なんですよ!
その後、
1995年SMAPお茶の間を経て、1996年KinKiに降りて、ジャニにどっぷり。
コンサート、舞台、テレビ収録、楽しいジャニライフ。
昔はテレビで見ていたアイドル少年隊(お茶の間で身近な存在)が
KinKiを通して大先輩で雲の上の少年隊。
不思議な感じでした(笑)。
ジャニーズで私と年齢が近いヒガシ、親近感はずっと持ってます。
1997年KinKi春コン、それぞれソロ曲で
光ちゃんは「アンダルシアに憧れて」、剛は「レイニーブルー」。
私が聴いていた真島昌利さん、徳永英明さんの楽曲はうれしかった!
でも、「アンダルシア」はマーシー版じゃなくジャニならマッチ版?
で、ヒガシがプレゾンでやったらしい。そのカバー?
KYO TO KYOの「千年メドレー」も元はヒガシ?
それを各グループ(KinKiは光ちゃん)でカバーするみたいな演出でしたね。
ジャニって楽曲もダンスも衣装もアレンジや使い回し。
最初はイヤだったけど、ジャニの伝統に慣れてしまいました。
少年隊の楽曲は詳しくないけど、そんな伝統で
後輩に歌い継がれて知った楽曲もあります。
98年
「湾岸スキーヤー」でJ-FRIENDSがバックのMステは豪華だったな!
少年隊のプレゾン観劇がきっかけでミュージカルに憧れた光一少年。
その後、事務所に入ってからも光ちゃんが舞台で成長していく上で
少年隊、特にヒガシの存在は大きいです。
ヒガシには「Millennium SHOCK」(2000年)で共演して引っ張ってもらって、
次の「SHOCK」シリーズ(2001年~)につなげてもらいましたね。
あのころ、「光一=SHOCK」のイメージが定着してすごくイヤでした。
光ちゃんの初主演舞台は日生劇場「MASK」(99年)。
「MASK」は少年隊のプレゾンオリジナル作品。
それをV6版、滝沢版、光一版とアレンジしてそれはそれでありかなと。
そのあと、光一「SHOCK」が来て。
「SHOCK」もオリジナルは少年隊のもの。楽曲や設定や舞台セットなど
使い回しも多くて、何だかなぁ…。
ジャニー、勘弁してよ~!と思ってました。
2004年
少年隊のプレゾンは「MASK」と「SHOCK」を中古VHSで持ってます。
青劇のプレゾンは「ウエストサイドストーリー」を観劇しました。
2005年
光ちゃん、「SHOCK」から離れて、オリジナル作品をお願いします。
本人もそう思ってたと思う。だから「Endless SHOCK」でスタート。
いろんなキャストさん、変更、手直し、ブラッシュアップ。
2009-2012年
カッちゃんがオーナー役で参加、
「「SHOCK」はちゃんと光一のものになってる」と
褒めてもらえて本当にうれしかったです。
2013年、2014年
ニッキ演出の舞台は、内くんの「オダサク」を観劇しました。
ヒガシのドラマはだいたい観ています。
なんやかんやで先輩・少年隊の皆さんには関わっているのかな。
もうニッキやカッちゃんをテレビで見かけることもないのかな。
少年隊の活動もなかったしな。
でも、偉大な少年隊の精神や楽曲は後輩に受け継がれています。
まとまりない文ですみません…。
1997年KinKi春コン、それぞれソロ曲で
光ちゃんは「アンダルシアに憧れて」、剛は「レイニーブルー」。
私が聴いていた真島昌利さん、徳永英明さんの楽曲はうれしかった!
でも、「アンダルシア」はマーシー版じゃなくジャニならマッチ版?
で、ヒガシがプレゾンでやったらしい。そのカバー?
KYO TO KYOの「千年メドレー」も元はヒガシ?
それを各グループ(KinKiは光ちゃん)でカバーするみたいな演出でしたね。
ジャニって楽曲もダンスも衣装もアレンジや使い回し。
最初はイヤだったけど、ジャニの伝統に慣れてしまいました。
少年隊の楽曲は詳しくないけど、そんな伝統で
後輩に歌い継がれて知った楽曲もあります。
98年
「湾岸スキーヤー」でJ-FRIENDSがバックのMステは豪華だったな!
少年隊のプレゾン観劇がきっかけでミュージカルに憧れた光一少年。
その後、事務所に入ってからも光ちゃんが舞台で成長していく上で
少年隊、特にヒガシの存在は大きいです。
ヒガシには「Millennium SHOCK」(2000年)で共演して引っ張ってもらって、
次の「SHOCK」シリーズ(2001年~)につなげてもらいましたね。
あのころ、「光一=SHOCK」のイメージが定着してすごくイヤでした。
光ちゃんの初主演舞台は日生劇場「MASK」(99年)。
「MASK」は少年隊のプレゾンオリジナル作品。
それをV6版、滝沢版、光一版とアレンジしてそれはそれでありかなと。
そのあと、光一「SHOCK」が来て。
「SHOCK」もオリジナルは少年隊のもの。楽曲や設定や舞台セットなど
使い回しも多くて、何だかなぁ…。
ジャニー、勘弁してよ~!と思ってました。
2004年
少年隊のプレゾンは「MASK」と「SHOCK」を中古VHSで持ってます。
青劇のプレゾンは「ウエストサイドストーリー」を観劇しました。
2005年
光ちゃん、「SHOCK」から離れて、オリジナル作品をお願いします。
本人もそう思ってたと思う。だから「Endless SHOCK」でスタート。
いろんなキャストさん、変更、手直し、ブラッシュアップ。
2009-2012年
カッちゃんがオーナー役で参加、
「「SHOCK」はちゃんと光一のものになってる」と
褒めてもらえて本当にうれしかったです。
2013年、2014年
ニッキ演出の舞台は、内くんの「オダサク」を観劇しました。
ヒガシのドラマはだいたい観ています。
なんやかんやで先輩・少年隊の皆さんには関わっているのかな。
もうニッキやカッちゃんをテレビで見かけることもないのかな。
少年隊の活動もなかったしな。
でも、偉大な少年隊の精神や楽曲は後輩に受け継がれています。
まとまりない文ですみません…。