今日は雨だったが、夕方青空が覗いた。

夏の空になってきた。

 

NHKでやっているドラマ「ひきこもり先生」を毎週見ている。

そして泣く。

11年間引きこもりだった男が非常勤講師として中学で働くというあり得ない設定だが、泣ける。

子どもの言葉。

「学校は気持ち悪い。こんな自分はおかしいのか。」「どうしても教室に入れない。」

ひきこもり先生の言葉。

「生きよう!」「どうしても嫌なら学校なんて来なくても良いんだ」「家族をこわさないでくれ」

これは本物だ。

言いたいことが言葉にならなくてもどかしい。

学校に足が向かなくなって休んでいる私には、涙が溢れてくるドラマだ。

 

特別支援教室の担任をしていたとき、2年生の男の子が玄関で泣きじゃくって教室に行きたがらず、私の教室に連れてこられた。

1年生の時から教室では地蔵のように黙ったままだったそうだ。

勉強が苦手だった。

うちの教室に来たとき、とても怯えていた。

「算数のプリント、一枚だけやろう」と言って1年生のプリントを渡した。

母親に「簡単なやつ?」と確認してから彼は問題を解いた。

あっさりできた。

全部に○をつけて「一枚できたね」と言ったら、ようやくホッとした顔をした。

次の日から彼はうちの教室にくるようになった。

最初は難色を示していた親御さんも、「学校に行けるのが第一」と考えて下さり、彼は大手をふってうちの教室に来られるようになった。

その頃から、教室に来ると服と靴を脱ぎ、シャツ一枚で虫取り網をもって外を駆け回り始めた。

自己主張もするようになってきた。

プリントを二枚くらいやった。

教科書を大きな声で読むようになった。

隣の支援学級の先生にも大きな声で話しかけられるようになった。

口をきかなかった子が、元気な大将になった。

 

原級では相変わらずしゃべらない。

そのうち大勢の場には入らないようになってしまった。

私のしたことは正しかったのか、彼の道を狭めてしまったのではないか、と思う事もあった。

 

正解は分からない。

でも今自分が学校に、教室に入れなくなって思う事。

自分が楽しくいられる場所があることは幸せだと言うこと。

自分がいてもいいんだと思える場所があることはありがたいことだと言うこと。

そういう場所が普通教室なら一番だが、時にはそうではないこともある。

それを私は彼から学んだ。

少年は今 元気にやっているだろうか。

自分が出せる場所を見つけながら、楽しく生きていってくれることを願う。