6月6日 19:13

「ぎゃあああああ・・・・いやああああ・・・」
耳障りな女の叫び声が廊下にこだまする。こんな声を聞いていたら1日で気が狂いそうだと感じた。
「あなた達の秘密はもう分かった!観念してここを開けて!」
扉に椅子を投げては拾い、投げては拾いを繰り返していた。木で出来ている椅子は所々に傷が出来たが安物ではないようでまだまだやれそうだった。
本当は窓からシーツを繋げて下まで降りる方法をBMより伝授され身につけた物の為自身にぴったりだが、部屋にあるものだけで頑丈に閉ざされた窓は壊せなかった。そうなると残されたのは部屋のドア。鎖で巻かれている為簡単に脱出出来ないことは明白だった。しかし、簡単にドアが開く訳もないためこの部屋で見つけた『秘密』を振りかざせばほんの少しでも糸口くらいは見つかるとふんだ。
「もっと、もっとだよ!叫べ!泣き喚け!あはははは・・」
春海は自信が叫びながらバンバンと壁を叩いた。
HWGに勝つためには手段など選ばない。それが例え一つの夫婦を崩壊させることになっても構わないと思った。
「オラァ!オイッ!ジジイ、ババア共!さっさとここ開けろや!聞いてんのかっ!?」
「・・・十二分に聞こえているよ。でも君はここにいないといけない存在だ。私達夫婦が築き上げた名誉の為にも。」
「そんなみみっちい名誉なんか誰も望んじゃいないし、気にもとめてない!なぜならあんた達の娘は最初からいないんだよ!!」
ぎゃあぎゃあ喚いていた女の叫び声がピタリとやみ急に静かになった。そしてドアノブに巻きついていたであろう鎖を外す音が聞こえ鍵を開け、ギィという鈍い音を立てながらドアが開いた。春海は脱出したいという気持ちを抑えまずは来るべき人物を待った。
ドクンドクンと波打つ心臓の音を感じ、静かに呼吸をしていた所に突然電気を消され部屋の中は再び真っ暗になり春海は視界を奪われた。明るい所に目が慣れていた為、直ぐには対応できなかった。ペタペタというスリッパの音が聞こえ部屋に入ってきたというのは分かった。自分の前に立っているという気配も。そこでなにやらゴソゴソしたかと思うと電気を点けて。と言う声が聞こえ部屋は明るさを取り戻した。
春海は小さく「ヒッ!」と声を上げた。女は不気味に微笑んでいたが、左手にはアイスピックが突き刺さり巻かれていた白い包帯がじわじわと赤く染まっていった。
「最初からいない・・・・ですって?・・・バカおっしゃい」
持ち手を利き手でを握りしめたままアイスピック突き刺したままグリグリ回し始めた。
「やっと戻ってきた娘・・・みすみす逃す訳にはいかないのよ。
くぁら~っ!!」
雄叫びをあげながらアイスピックを抜き何度も何度も左手へ突き刺した。包帯は血を吸いきれなくなりポタポタと床へ流れた。春海は静止を求め叫ぶが聞く耳はない。
やがて呼吸を乱しながらを部屋を歩き、飾ってある白いクマのぬいぐるみを手にとった。
血だらけの手でそれを握り赤く染め、そしてまた雄叫びを上げながらアイスピックを突き刺した。縫い目は破れ綿が溢れ出た。そのぬいぐるみを力強く春海へと投げつけた。
「もう止めて!!」
「何を?
それはあなたが一番好きなぬいぐるみでしょ?久しぶりの再会をなぜ喜ばないの?」
「再会?バカ言わないで。もう知ってるって言ったでしょ!元々娘なんかいない。いたかもしれないけど、あの時期じゃ性別なんて分かんないでしょ?」
「君!それ以上は言うな!」
「現実から遠ざかっているんじゃ何も進まない!!
初期に流産したんだから子供は産まれてな・・・」
お腹に女の拳が入り痛みでその場に蹲った。やはり触れてはいけない事実だったようだ。
「ー知ってるのはあなただけね。じゃあ消えてもらうわ。私達と一緒に!!」
春海の頭上目指しアイスピックを力一杯に振り下ろしたが間一髪春海は転げ回り避けた。
「あっぶなぁ~い!
その頭じゃ何を言っても届かないだろうけどヤりたきゃどうぞ!」
「私がHWGにあなたの死という結末を捧げてあげる。だって今日があなたの命日で、あの子が戻ってきた素敵な日ですもの!!」
女はアイスピックと腕に付いた自身の血を舌を這わしすーっと舐めた。
「なら私は、生まれてもいない子があたかも存在したように妄想し、勝手に発狂しあの手この手で欺いている救いようのない夫婦に終止符を捧げる日にするわ!」
女は素早い動作でアイスピックを振り回し春海の間合いへグイグイ入り込んできた。春海はただ、イカれているだけの女だと思っていた為予想以上に早い女の動きにたじろぎ間合いを維持するのが精一杯だった。ふところに飛び込みたかったがアイスピックが邪魔をしていてチャンスすら見つからない。更に、アイスピックを気にするあまり部屋の隅や壁へ追い詰められないか後ろも気にしなくてはならないし、男が襲ってくる場合も考えると下手に動けなかった。3方向に意識を配り、尚且つ反撃の手段を考えるのは少しだけ、5秒でもいいから時間が欲しかった。

眼に映る空間が急に回った。

床に叩きつけられて初めて足を攻撃されたことを認識した。足払いでも受けたのだろう。春海は仰向けになり女は馬乗りになりアイスピックを春海の左目に向かい振り下ろした。何とか両手でそれをふさいだが全体重を使っているのでジリジリと確実に目に近づいてきていた。
「ただのイカれた女だと思った?余裕で勝てると思った?そんな訳ないわよ!!」
春海は右手に力をおもいっきりこめて顔を左に向け目に突くのを避けようとした。それでも止めない女に春海は一瞬だけ自分の方へ引き寄せた。女は一瞬だけ隙きができた。春海はその一瞬を使い的を自分から完全に逸らしアイスピックを床に突き刺す事に成功した。
が、アイスピックを諦めた女は尽かさず首を絞めにかかった。両手で女の手首を引っ掻くもさらに強く締めらていき春海の白く細い首は女の血が染め始めた。

「 」

言葉にならない声が口から漏れた。


春海は力なくゆっくりと女の顔に左手を伸ばした。
ビクッとした後、女は春海の首から両手を離した。


「大丈夫か!?おまえ!」
今まで傍観者だった男が女に駆け寄った。
「いたい・・・いたーっ。あつっ、あつー。」
血に染まった包帯で巻かれた手で右目を抑えうずくまり床を転げ回った。春海は苦しみから解放されたが息は荒いままだったが言葉を発するため息を整え始めた。
「お・・女ってほ、ほんっとーに・・・便利!この爪だ・・・って鋭く研いだのに・・あ、あなたは私が女の子だから爪が・・伸びてて、あたりまえ・・みたい・・に見えたかもしれない。だけど、だけど、そこが、文字通りツメが甘かったようね!」
「とんでもない女だな!やっぱり君はここにいてもらわないと!」
隠し持っていた小型のナイフを振り回しながら走り寄ってきた。
春海は平手でナイフを持った右手を払いのけ男のみぞおちに左足でケリをお見舞いした。お腹を抑え込むように崩れ落ち唸り声をあげた。
「意識・・落としたつもり・・・だったのに体力ないか・・・ら残っちゃったか・・。」
逃げる際に追いかけて来ないようきちんと意識を落としてもらう為に春海は右腕を振り下ろした。

「もう、今日はここまででいいわ」

振り下ろした腕を止めるようにいずみが手首を下から抑えた。
「よくやったわ。まだ時間はあるけど先を急ぎましょう。」
「・・・いずみさん。遅いよ・・」
「ごめんなさい。全て私の責任です。」
いずみは春海と同じように腕を振りかざし男の意識を落とした。春海はここでやっと涙を1つ流した。