早朝に、淡路島を震源地とする震度6弱の地震があった。
びっくりして大阪に住んでいる従姉妹に連絡を取ると、無事とのことで安心した。
淡路島と言えば、イザナギ、イザナミが産んだ最初の島。
原点に立ち返れと言われているみたい。
自分の大切な人が、元気にいてくれさえいればそれでいい。
他にはなんにもいらない。
人が生きるということは、自分のためではなく人のためなんだと、最近思う。
身内や愛する人や友達。
自分を大事に思ってくれている人がひとりでもいれば、寿命が尽きるまで頑張って生きようと思う。
ひとりで生きているわけじゃ、ないんだよね。
着るもの、食べるもの、寝る場所があること、今日一日、事故にもあわず病気にもならずに無事に過ごせること、すべて感謝。
当たり前の世界が、いちばんしあわせ。
そんな当たり前のしあわせを感謝しに、お墓参りへ。
東名で、沼津まで![]()
今日の富士山
ランチは、1月のお墓参り
のときに寄った、清水町のイタリア料理”フォンターナ
”
自家製ベーコンのカルボナーラ
煮込みハンバーグ
観光シーズンなので、伊豆に向かう道路はメチャ込み![]()
お墓参りも、忙しいのに月に一度は面倒だと最初は思っていたのに、今は心が気持ちいい。
お墓参りを済ませて本堂にお参りをしようとお寺に行くと、住職さまが雑草を抜いていらした。
広いお庭をひとりで大変なことだ。
「みなさん、お寺はいつもきれいだと思っているから
」
ああ、ここにも当たり前のしあわせがあるんだな
お寺はいつもきれいで気持ちがよいもの。
種が次から次へと落ちるから、こまめに抜かないとあっと言う間に伸びてしまうのだそうだ。
ここのお寺には大きな栗の木があるのだけど、中が朽ちて空洞になっている。
それでも上の方に若芽の新緑が覗いているので、
「枯れ木かと思ったら、ちゃんと芽が出ているのですね。」
と言ったら、なんと上の幹からは万両が、下の幹からは竹が出ているのだそうだ。
万両は種が飛んできて芽が出たそう。
竹は、少し離れたところにある竹が、地面の下から根が伝い、木の中を通って幹から芽を出しているのだとか![]()
私の頭よりもはるか上の方にある幹から顔を出すまで、いったいどれだけの時間をかけて伸びていったのだろうと思うと、感動してちょっと泣きそうになった。
栗の木の使命は終わったけれど、命は繋がっていくんだな。



