- 風の王国 (新潮文庫)/新潮社
- ¥740
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闇にねむる仁徳陵へ密やかに寄りつどう異形の遍路たち。
そして、霧にけむる二上山をはやてのように駆けぬける謎の女…。
脈々と世を忍びつづけた風の一族は、何ゆえに姿を現したのか?
メルセデス300GDを駆って、出生にまつわる謎を追う速見卓の前に、暴かれていく現代国家の暗部。
彼が行く手に視るものは異族の幻影か、禁断の神話か…。
現代の語り部が放つ戦慄のロマン。
スピ系の本はちょっと飽食気味なので、最近はフィクション、ノンフィクションに限らず自分がいるこの国のことを書いた本が読みたくなってきて・・・
五木さんの本は中学のときに読んだ
- 青春の門(第一部)筑豊篇(講談社文庫)/講談社
- ¥880
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で好きになりいろいろ読んでいるのだけど、最近はエッセイや宗教についての本が多かったので、久しぶりの小説。
出版社から二上山のレポートを依頼された旅行記者の速見卓は、電車の中で若い僧と出会い、「アヤシヤ タレカ フタカミノヤマ」という、二上山にある歌碑の一節を聞く。
朝日射す三輪山 に比べ、夕日沈む二上山は、この世とあの世の結界にあたる境と言われ、24歳で殺された大津皇子 の墓もある。
興味を覚えた卓は、歌碑を見ようと当麻寺 から登るルートを決め、当麻寺で一休みしているときに一緒になった女子学生から、風のように走り抜ける奇妙な集団の話を聞き、そこにいた男性に、「それはへんろう会の人たちだ」と教えられる。
大津皇子の墓の前で短い居眠りをした卓は、風の中で不思議な声を聞き、その声に導かれるように仁徳陵 に行く。
そこには、前襟を「天武仁神講」「同行五十五人」という文字を染め抜いた濃紺の法被を着ている人たちがいた。
その中に二代目講主の葛城天浪と、その娘で二上山で飛ぶように歩いていた、哀(あい)がいた。
明治初期、奈良県の堺県への吸収を機に、堺県令・斎所厚は、竹内街道の大開鑿工事に着手した。
竹内街道
というのは、大阪の堺市から東へ向かい、二上山
の南麓・竹内峠を越えて、奈良県葛城市
の長尾神社付近に至る約26kmの街道だが、河内と大和を結ぶ重要なルートであるのに道が険しくすぐにがけ崩れなどが起こる難所であり、落石や山崩れに加え労働状況も悪かったので労働者のほとんどが逃げ出し、労働力を徴発確保する為に「サンカ狩り(ケンシ狩り)」を行なった。
サンカ とは、日本の山地や里周辺部で過去に見られたとされる不特定の人びとを指す言葉である。
定住せず、山を降り人と世の間を、つまり世間を流れ歩いて生きると決めた一族のこと。
【蓑作り】をし、人目のつかぬ山林や渓流の河原でキャンプを張り、数十キロ離れた村や里を回りながら【蓑直し】の作業をし、その代償として穀物や野菜や代金をもらっていたが、それは商取引ではなく布施に近いものだった。
またハンセン氏病 の患者を進んで世話し、家族の一員のように労わる習慣があったので、それも偏見のもととなった。
6世紀の中ごろ、渡来系の人々を戸籍によって支配した。
日本で最初の全国的な戸籍 は、670年の庚午年籍(こうごねんじゃく) で、「戸籍を造り、盗賊と浮浪とを断ず」を目的とされた。
明治から昭和にかけての”挙国一致体制”のもとで、国民の三大義務である、「徴兵・納税・義務教育」の3つを無視しつづけ、戸籍の編入を拒んだ流浪の民は、第二次世界大戦後も80数万人いたそうだ。
それらの非・国民を根こそぎ強制的に定着させたのが、
「戸籍を拒否する人間は、一人たりともこの国に住まわせない」
とう強い意志のもと、昭和27年に制定された住民登録令 (住民基本台帳法 )だった。
そしてその「ケンシ狩り」によって、一族の大多数がとらえられた。
とらえられた240数名の老若男女の中には、古代に役行者(えんのぎょうしゃ) と呼ばれた山岳修行者や、極貧の行道病者、売春婦、浮浪者、物乞い、やくざ、逃亡中の犯罪者、旅芸人などが含まれていた。
彼らをひとまとめにして陽の当たらぬ崖下に柵を作って押し込め、酷使し死に追いやった。
そしてその中から選ばれた8人の屈強な男たちが仁徳陵の盗掘とおぼしき作業に狩り出され、口封じに殺され、たった一人奇跡的に生き残った山岳修行者だった【葛城の猿】と呼ばれた男が、戻って話し合いの結果五十五人を連れて伊豆まで200里の長い道のりを歩き、【葛城の猿】は【葛城遍浪】と名を変え、初代天武仁神講の講主となった。
そして生き抜くために「一畝不耕、一所不在、一生無籍、一心無私」の精神はそのままに社会に溶け込み、遍浪の心を受け継ぐ「天武仁神(フタカミ)講」を精神のよりどころに、経済的援助をし仲間を支える「へんろう会」と自衛措置としてのヤクザの「渾流組」の3つ柱を作った。
この小説は、葛城遍浪と、生き残ったサンガの仲間とその末裔の物語。
ちなみにこのとき持ち去られた美術品が、アメリカのボストン美術館 に流れているという。
明治維新のような大きな変化は、同時に大きな痛みも伴う。
歴史には表と裏があり、お金と権力と地位によって、かんたんに塗り替えられ消されてしまう。
そしていつでも弱い者には冷酷だ。
速見卓は偶然「二上山」のレポートを頼まれたように思われていたが、実はぜんぶ仕組まれたことで、彼こそが初代葛城遍浪の血を継ぐ者だった。
それゆえ見えない大きな力に巻き込まれ、身内も死に追いやられるが、講の人間として生きることを選んだ。
この本は
- ¥620
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「シリーズを読んでたんだっけ
」ってついつい思ってしまうような、名付けてハードボイルド歴史サスペンスミステリー
みたいな感じで、今まで私が読んだ五木さんの本のジャンルとちょっと違った感じ。
車の説明はメカ音痴の私にはほとんどわからなかったけど、好きな人はきっと好きだと思う。
ロマ(ジプシー)やインディアンやエスキモー、アイヌ民族などの少数民族は、「口承」と言って口伝えで情報伝達をしていくのだけど、講の人たちも例外ではなく、口伝えのかたちで、語り口調で物語が進んでいくのもおもしろかった。
途中、国文学者の西芳賀教授の歴史や地理や民俗学の話が入るのも、わかりやすくてすごくいい。
最後の長老の決断にもびっくりしたし、最後までドキドキして読んだ。
文庫本で500ページにも及ぶ分厚い本だけど、次が気になって寝不足になりつつあっという間に読んだ。
秋の夜長にお勧めの一冊
講では、子供が生まれるとまず歩くことを徹底的に教え込む。
はだしで早く、長く、よく歩くことを教える。
甘いものは食べさせず、食べ物と訓練のおかげで夜目が効き、虫歯にならない。
「米は体が泥腐る」と言って、雑穀や野草を食べる。
ひえ、あわ、きび、とち、そば、大豆、小豆などの豆類、山菜、里芋、甘藷、山芋、その他の根菜類。
な~んだ、マクロビじゃん![]()
講の子供たちは年に夏冬二回の道場での「歩行」で、山や野原や森を歩き、キャンプをし、草木や獣や魚、岩や石のことを学び、夜は一族による昔話を聴き、道具を使う事や星座を学ぶ。
幼いころから大人になるまでずっとそれをやってきたから、一族の人はすれ違ってもわかる。
いろんな《行》を行う先生方がおり、《学業》の晒野先生はまず一族のしつけからで、第一は「メンメシノギ」
「メンメシノギ」というのは「自分のことは自分でやる」
つまり、「自立独立」のこと。
ちょうどここを読んだのは、日月の神々 其の弐 地涌の菩薩
を聴きに行った夜のことで、「個の確立
」の話を聞いたばかりだったので、思ったよりも早いシンクロにびっくり![]()
組織に生きるためには、個を確立していなければならない。
依存は、ひとりでも、組織の中でも生きられないのよね。
あらすじとはまったく関係のないことだけど、私にはとっても印象的だった![]()
私の勝手な解釈なのだけど、サンガというのはもしかして、弥生人に追いやられて山に逃げ込んだ縄文人たちの末裔なのではないかしら![]()
「一畝不耕、一所不在、一生無籍、一心無私」の心が、争いを好まない縄文人と重なるような気がするの。
あとがきには、「著者の見聞と想像にもとづく創作」と書いてあるけれど、参考文献がハンパないです![]()
何十パーセントが創作なんだろ![]()
