心って不思議だ。
見えないのに、軽くなったり重くなったりする。
自分で、作っちゃうんだな。
心配事だって、見えないものを形に変えるから、起こる。
無事に終えるとみんな消えちゃう。
タイヤのパンク だって、無事に帰ってきたら笑い話。
突発的なアクシデントはそれぞれの人となりを知らしめて、心の底から信頼できる相手かどうかを判断する基準になる。
もちろん信頼出来なきゃ一緒に行動することはないだろうけど、あのアクシデントでより絆が深まったように思うし、さりげない優しさが身に染みて、たぶんアクシデントなかったよりもあったほうがお金は痛いけど良かったような気がする。
やっぱり、どんなことでも意味のないことは起こらないんだなと思う。
苦手な山道も運転出来て自信もついたし![]()
そして、どんなことでもすべては過去になる。
今週中には車も修理から戻ってくるということでやれやれと思ったら、今度はまた義母がトラブルを起こし、今日はまた別のことでちょっとあり、書けるってことはぜんぜん大したことじゃないんだなあと思う。
書くっていう行為が、整理できているのよね。
おもしろいことに、「お金をどうしよう」って思えば、「お金で解決出来るんだったら良いじゃない」ってことがを体感するようなことが起こり、そして今度は「「人間関係だったら努力次第でなんとかなるじゃない」って納得させられることが起こる。
で結局、自分の意志でどうにもならないものは、受け入れるしかないんだなということに気づかされる。
そう考えると、どんな出来事も、「受け入れる」ということが大事なんだなと思う。
「良いも悪いもないんだよ。」
ジャッジしない
ってことなんだよね![]()
ひるがの高原行ってきてからなんだかめまぐるしくて、つい2.3日前のことなのに、遠くに感じる。
毎日意識が変わって、毎日開眼している気がする![]()
私は小心者なので、すぐにあたふたするけれど、開き直っちゃえば強い。
あんまりいろいろあると、「もう何来ても怖くないから
」って感じになる![]()
考えてみれば、いつもすんでのところで守られていて、いろいろあるのは人の愛を感じるためのカリキュラム![]()
ひとりじゃなんにも出来ないなあって思うし、助けられて助けて、それでいろいろ循環してく。
今度法事があるので、その前にお墓のお掃除に。
法要のあとの食事をお願いしているお店にもあいさつに。
旅館と兼業しているのだけど、冷たいジュースを出してくださり、暑いからシャワー浴びたらと言ってくださり、これからお墓参りに行くからというと、そのあとに寄れば良いからということで、お言葉に甘えてふたりでお風呂をいただいた。
帰りに先月
のようにお風呂に入って帰るつもりでいたから、ちょうど着替えは持って来た![]()
ちょうどお客さんが帰ってお掃除が済んだところで、お風呂に浸かろうと思ったら熱過ぎてシャワーだけにしたのだけど、あとから聞くとこの温泉は冬でも入ると朝までポカポカするから、夏に浸かると汗が引かずに大変なことになるそう。
それでもシャワーで流させてもらってずいぶん気持ち良かったし、冷たい麦茶までいただいた。
そのあと法事に出てもらう叔父の処にあいさつに寄る。
義母が叔母の悪口をさんざん言っていたので、どんなにイジワルな人なんだろうと思っていたらものすごく良い人で、家のことでもいろいろと力になってくれて、やっぱり片方だけ聞いて鵜呑みにしてはいけないなと思った。
ここだって、「ジャッジしない」
「ジャッジした」から誤解してしまった。
常に、成長するための勉強だなあと思う。
夕食は、頑張ったご褒美で、うなよし
へ
並みうな丼定食 3,850円
身がふっくらして、美味しい![]()
美味しいけど、しょっちゅう来られない値段![]()
本当に、ご褒美だなあ。

