昨日のミネハハコンサートin静岡 から一夜明け、いろいろ反芻しているとなんだか泣けてくる。
「背中に翼があるのを知ってるかい![]()
みんな、背中に折りたたまれて生まれてくるんだよ。
それぞれの形で、それぞれの大きさで、それぞれの色で。
どこだって飛んでいけるんだよ。
何になってなれるんだよ。
それを、いつ広げるの![]()
今だよ~
」
太陽の翼を歌う前に言ってくださった言葉(ちょっとうろ覚えだけど)。
そうなんだよね。
行けない、出来ない、と思うのは自分なんだよ。
心はもっともっと軽いのに、頭で考えるから自分で重い鎖をつけてしまうんだよ。
私たちのコーラスを紹介してくださるときにも、
「オンチだから、ヘタだからって言ってるけど、あはたはあなたひとりしかいないんだよ。
同じ声の人に出会ったことがある![]()
あなたの声は世界でたったひとつの特別な声。
前世から特別に引き継がれてきてるんだよ。」
もう、ステージに上がる前にこんなこと言われたら、泣けちゃうでしょ~![]()
でもおかげでステージでは本当に楽しく歌えて、歌い終わったあとに客席にいる両親や友達や知り合いの顔を見渡して、「やったよ
」てな得意げな顔をして・・・
得意げな顔なんて、小学校の低学年以来だわよ~
歌唱指導 まるも先生のブログ で、
舞台監督の林さんがおっしゃった。
「ミネハハは今日の2,000人のコンサートも明日の50人のコンサートも同じなんだよ。
全く手を抜かない。
いろんな人のコンサートにつくけど、こんな人いない」
会場に合わせて音を作ること、微妙なマイクの位置で響きが変わるのを聞き分け一番好い所に持っていくのだそうだ。
って書いてあった。
すごい。
そういうのが、プロっていうんだな。
夜は、先日行ってきた「伊勢の風を感じる会 」でお世話になった、財団法人修養団 の講師、寺岡さんが講演されるというので、清水へ。
「あなたの中に潜んでいる日本の心の再発見 やまとのこころ」
日本の本当の歴史をもっと知りたい、神様のこと、古事記のことをもっと知りたいと思うと、ちゃんと繋がるものなんだなと思う。
伊勢で繋がったご縁。
伊勢の前にお話会があったら聴くことはできなかったから、そのタイミングに感謝する![]()
「日本のことをちゃんと知りたい」
なんて、そんな気持ちになったのは、7年前に東京国立博物館で「唐招提寺展」に行ったときに見た 、鑑真和上 の木像から。
唐のお坊さんが、皇帝の反対にあっても、5回も渡海に失敗してもあきらめず、12年もの歳月をかけ両目を失明しても渡日を果たした日本って、いったいどういう国なんだろう。
私はもしかしたら、日本と言う国を何も知らないんじゃないかって思ったから。
それから日本史や仏教や神道などの宗教史を読むうちに古事記に行き当たる。
子供のころに読んでいた古事記をもっと詳しくしりたいと思い、それから引き寄せで講演会などの情報もはいるようになった。
それまで、日本が歴史を封印されてきたなんて、気づきもしなかった。
敗戦がどういう影響を与えているのかなんて、考えたりもしなかった。
ちゃんと日本のことを知っておきたいと、勉強すればするほどそう思う。
10代で知らないならまだしも、50代、60代になって知らないなんて、目も当てられないもの![]()
海外留学する人たちが、外国の人たちに自国の歴史の話を聞かれて何も言えず、
「国際交流よりも、自分の国のことを知ったほうが良いんじゃない
」
って言われて恥ずかしい思いをしたという話を多く聞く。
外国では、自分の国の歴史を子供のころからしっかり学ばせる。
だってそれが、心のよりどころだから。
建国記念日や初代大統領を知らなければ、自分がなくなってしまうから。
戦後、進駐軍が一番最初にしたことは、特攻隊の遺書を全部回収することだったそうだ。
その手紙を読んで、日本を研究し、家族の絆が強いことに気づき、脅威を感じた。
そして、教育を変える、神話を教えない、神社を宗教法人にする、歴史を教えない、道徳を教えないという方針を打ち立て実行した。
政略した人たちが一番最初にやることは、歴史を塗り替えることだから。
ナウマンゾウや土器では、子供の心は育たない。
それは考古学。
歴史はヒストリー
ヒズ・ストーリー⇒物語。
大和言葉はすべてに言霊がある。
漢字はあとから当てはめられた。
あは、天
わは、地面
最初に出来た島は、あわじ(淡路)島。
ひは霊・魂
とはとどまる
魂が留まっているから、ひと(人)
頭でひとつ
両手でふたつ
両足でみっつ
胴体でよっつ
そこに魂が入って、五体満足。
魂が抜けるとしたい「四(し)つの体・死(し)んだ体」
からだは、からっぽだから、からだ(体)
”いる”と言うのは、物事がずっと続くこと。
丁寧語の”お”をつけて”老いる”
一生懸命ひとつのことをやり遂げている、し続けている人を、尊敬の意味をこめて、”老いた人”と呼ぶ。
それを”老人”なんて漢字を当てはめるから変になる。
ああ、なんて日本語はすばらしいのだろうと思う。
変に短縮したり、英語やカタカナを当てはめると、存在自体が軽くなり、言葉そのもののエネルギーがなくなる気がする。
こういうこと、どんどん伝えていかないとね![]()
他にも、いっぱいいっぱいすばらしいお話を聴かせていただいたので、またご縁のある人につなげていけたらと思う。
以前ブログに観想を書いた、「天翔ける日本武尊 」の本の話も出てきて、聴いていて楽しくて楽しくて仕方がなかった。
日本の封印された歴史も、やっと洗脳が解けてきて、あちこちでいろんな人が違う言葉で、同じ内容を伝えてくれている。
それで、「ああ、やっぱり」と納得する。
そろそろ、自分が洗脳されていることに、気づかないとね。
天照大神様から繋がっている意識は、無意識の中にちゃ~んと受け継がれているのよね![]()