NHKの朝ドラは、「おひさま」「カーネーション」「梅ちゃん先生 」と、戦中から戦後にかけた時代をテーマにしたものが続いている。

空襲でものがまったくなくなってしまっても、掘立小屋が建ち、それがどんどん新しくなっていく。

別にプロの大工さんがあちこちにいたわけじゃなくて、廃材や使えるものをいろいろ見つけてきて、みんなで助け合って作った。

非常時には、知識ではなく知恵が必要なんだなあと思う。

頭でいくらわかっていても、それを形にしなければ、知識なんて何の役にも立たないんだなあと思う。


先日、

「日本にはもともとボランティアは存在しない。

あれはキリスト教の施し」

という話を聞いて、なんとなく釈然としないものを感じていたのだけど、もののない時代に、隣近所で食べ物を分け合い、助け合って生きているのをみると、たしかに日本は「施し」じゃなくて、「助け合い」「分かち合い」の精神なのだなあと思う。

沖縄には、「結(ゆい) 」という習慣があるものね。


先日は、梅子の近所で、出征したご主人を待ち続けて食堂を営む女性の父親が田舎から出てきて、隣り近所みんなで、食卓を囲むシーンがあった。

決して豪華な食事ではないけどとても和やかで、翌日田舎に帰る父親が、

「近所のみなさんが面倒を見てくれるから安心して帰ることができる。」

というようなことを言っていて、なんだかジンときた。


今必要なのは、これなんだよね。

私の子供のころは、近所の人が、自分の子供と同じように𠮟ったり、いろいろと世話を焼いたり面倒をみてくれた。

結婚して住んだアパートは、新築でみな新婚で同世代だったせいか、おすそ分けや調味料の貸し借りや、子供を預かったりしたけど、今のところはなんとなくそんなこと出来ない雰囲気がある。

戦後、高度成長期で公団が次々と出来て、核家族になり、独り暮らしが増え、人間関係のわずらわしさから解放されて楽になった部分もあるけれど、東日本大震災が起こって、ほんとうはこういう長屋的な付き合いを潜在意識の中では欲していたんだってことに、気づきだしてきたのかも。


今日は、なんだかお父さんがカッコよかったラブラブ

高橋克美さん扮するお父さんは、決して笑わないのだけど、でもとってもキュートで可笑しいニコニコ

梅子が、「小さいころに木登りしたとき、いつも下で心配して見守ってもらってたのがうれしかった」ってお父さんに言うの。

そこで心配してくれるお父さんがいたから、安心してもうちょっと上に行けるんだって。


子供のころ、父親はスーパーマンだった。

ボートも漕げたし、なんでもできた。

高いところに乗っても、ちゃんと受け止めてくれるって信じてた。(私はせいぜい塀の上だったけど)

海で父親の首につかまって、背中に乗せて泳いでもらうのが好きだった。

日曜日の朝、ときどきご飯を作ってくれた。

胡坐の中にすっぽりおさまって、胸にもたれるのが好きで、よく妹と取り合いをした。

父親が帰ってきたときは、妹と先を争って、父親の首に飛びついた。

寝たふりして、抱き上げて二段ベッドの上に寝かせてもらうのが好きだった。

寝付くまで、創作童話を話してもらうのが好きだった。

カッコよかったので、父親参観の日は友達にうらやましがられてちょっと得意になった。

すっかり忘れていたことも、なんだか書いているうちに思い出した。

私も妹も、ものすごくお父さん子だったのに、今はなんとなく照れくさくて、実家に帰ってもあまり話をしない。

というか、話題があんまりないんだなああせる

でも朝ドラ観たら、なんだかちょっと父親に会いたくなった。



そうそう、キャバレーの総支配人は、元バービーボーイズ のKONTAさん!!

昔、好きだったんだなあニコニコ



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