私の愛した男について/田口 ランディ
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あなたは最低のひと。

でも、私を強くしてくれた。

男の求愛に堕ちていくOLが最後にたどりついたのは―。

妻子ある男との性愛に溺れるOLが語る衝撃の表題作。

介護者が出会った桜の下に立つ白い男とは…?

教会に現れた野生児は神に選ばれし者なのか。

残された日々を生きるがんの父、寄りそう娘の決断は?

魂のささやきに耳をすませた四編の珠玉の愛の物語。


田口ランディさん を知ったのは、


「この本、パナリさんに合っていると思うよ。」


キュア cure/田口 ランディ
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若き外科医の斐川竜介は、肝臓ガンで余命1年であることを知る。

リストカットの少女・キョウコに支えられながら、自らの運命に立ち向かう。

医療現場で病とたたかってきた斐川だが、科学にどっぷりつかりながらも、スピリチュアルのカリスマ、最新ガン治療を受ける青年実業家、放射線生物学者との出会いを通して自分の治療を模索する。


と数年前にお友達に紹介されて読んでから。

「この人すごい!!

と思って、一時期読み漁った。

小説よりもエッセイのほうが腑に落ちた。

お兄様が餓死されるという体験ゆえの生死観や、スピリチュアルなものの考え方、そしてランディさんが対談された方にも興味を持ち、その方の本を読んだりして、知らない人の本になかなか手が出ないと言う人見知り読書家(?)の私の、また少し世界が広がって行った。

自分の世界が、少しずつ広がっていくのは、うれしい。


いちばん印象に残ったのは、


メメント・モリ/藤原 新也
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書名の『メメント・モリ』とは、「死を想え」という意味で、ヨーロッパ中世末期にさかんに使われたラテン語の宗教用語だ。

この本には、著者の短いコメントが付けられた74枚のオールカラー写真が収められ、生の光景に潜む無限の死の様相が極彩色で提示されている。

たとえば、「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ」とのコメントがつけられた写真には、荒野に打ち捨てられたヒトの死体を野犬が貪るように食らい、それをカラスが遠巻きにしている光景が写し出されている。

また、大河のほとりで遺体の野焼きをしている光景には、「ニンゲンの体の大部分を占める水は、水蒸気となって空に立ち昇る。

それは、雨の一部となって誰かの肩に降りかかるかもしれない。

何パーセントかの脂肪は土にしたたり、焼け落ちた炭素は土に栄養を与えて、マリーゴールドの花を咲かせ、カリフラワーをそだてるかもしれない」と、少し長めのコメントが付けられている。

感想はこちら

人間の死体を食らう野犬の写真に目が奪われた。



で、ブログも読ませていただいているうちに、「気功太極拳のワークショップ 開催のお知らせ」があり、気功も太極拳も機会があればやりたいと思っていたし、なによりランディさんにお会いしたかったので申し込んでみたのだけど、キャンセル待ちとのこと。

それでもひと月前に体調が悪くなってキャンセルした方がいらして、行けることになった。


初めてお会いしたランディさんは、小さくてかわいらしくて、あんなあけすけな性描写を書く人と同一人物とはとても見えなかった。

旅館の玄関に入ると、ランディさんが座っていらして、初対面なのにまるで久しぶりに会った知り合いみたいな感じで声を掛けてくださり、三日間過ごして、さりげない気遣いが出来る人なんだなあと思って、ますます好きになった。


この本は、

「私の愛した男について」

「幻桜」

「命つけし名は」

「森へ還る人」

の四編。


ランディさん曰く


表題作は、妻子ある男性との肉体関係に悩むアラサー女子のお話です。
それ以外の作品はどれも、障がいをもった人の傍らでなにもできずにただおろおろする健常者のお話です。


とのこと。


「私の愛した男について」

好きでもなんでもない男・・・というか、嫌いな男を気が付いたら心惹かれてたというのは、わりとある話で、だいたい第一印象とのギャップや、思いがけない優しさやもろさだったりするのだけど、”強引さ”というのも、よくある。

強引に押されて押されて、逃げて逃げて、すっと引かれたときにふっと行っちゃう・・・っていうの。

それでもってセックスが上手だったりすると、いままで拒んでいた分、一気にのめりこんでしまう。

有能と言われている女性ほど、頭ではなく体が主体になると周りがなにも見えなくなる。

奥さんに、「あなた、自滅するから」と言われ、ますますのめりこむ。

他の3作品とまったく違う作品なのになぜ一緒に載せたのか不思議だったけれど、自分で自分が抑制できないというのも、ある種、障害という点で共通しているのかもと思った。

ランディさんが、

「この作品だけ異質に見えるけど、根っこはつながっているから四作品にまとめた」

と書いておられたのがわかるような気がした。


でも浮気を繰り返す男は、見境ないように見えるけど、ちゃんと落とせる相手を本能で選んでいるのよね。

こちらも、性欲が抑えられないということでは、障害といったら障害か汗


いちばん印象に残ったのは、「森へ還る人


骨折で入院したお父さんが、レントゲンを撮ったら影が写っていて、ガンセンターに紹介状を書いてもらって検査をしたら肺ガンだった。

しかし、骨折を治さないと面倒は見られないという。

入院している整形外科も、骨折で絶対安静だとうのに、ガンの治療は出来ないから転院して欲しいという。

それを強引に主治医に頼み込み、院長に知れたら強制的に退院になるから、院長に内緒で整形外科に面倒をみてもらうことに。

そして三か月の入院生活のうちに、ガン細胞は肺から肝臓に転移した。


退院後、ホスピスに受け入れ先が決まり転院した。

ホスピスに入るには条件がある。

「患者自身が、末期のガンだと認知していること」


ホスピスは、治療をせず、するのは痛みの緩和だけ。


お父さんが入院したホスピスは、海を見下ろす山の上にあり、雑誌にも紹介されるまるでリゾートホテルのような病院で、人気でなかなか順番が取れない。


「こんないいとこに入ったら、出ていくのが嫌になるなあ。」

お父さんはそう言って笑った。

スタッフは薄ら笑いをしていたけれど、内心の声が聞こえた。

(この人、ここがどこか知らないの?)


不思議なものだ。

この病院に入ったら、もう出るのは死んだときなのだ。


しばらくして、お父さんは、

「ここはおかしい。

人が死にすぎる。」

毎日必ず人が死ぬ。」

「変な注射を打たされて、衰弱させようとしている。」

と言い始め、食事をとらなくなった。


整形外科の先生に相談してみた。

「なぜ?

死ぬのが怖いから?」


「いや、死ぬ気がしないからじゃないのか。

あそこにいると死ぬ気にさせられちゃうんだよ。

それが辛いんだと思う。」


そしてお父さんは、自分の死期を悟って死んでいった。



余命宣告されるのは、末期のガン患者だけだ。

でも、みなそれぞれ余命というものがあって、それが明日かもしれないし、数十年後かもしれない。

いつか知らないから平穏に暮らしていられるのだ。


前にPANARI のお客様と施術後お話しているときにガンの話になって、その方が、

「余命宣告というのは、明日交通事故や脳溢血で死んだりするより、死ぬ準備期間のうちにいろいろ出来るから、ある意味しあわせかもしれない。」

とおっしゃっていたのがものすごく印象に残っていて、時々思い出す。

あと一年の命と言われたら、自分はどうするだろう、とか・・・

でも計画性がない私は、結局その日完結で、明日死んでも後悔しないようにしようということに落ち着く。

でも、自分の余命宣告よりも、身内の余命宣告のサポートのほうが、よっぽど辛いし大変だ。


いろいろ、身内に当てはめて考えさせられた。

大きな病気にかかったことも、入院したこともないので知らなかったけど、病院が細分化されているために、たとえばガンと骨折という事態が一度に起こったときは、どちらからも拒否されてしまうのだなあ。

私は放射線治療も抗がん剤治療も、したくないしさせたくないけど、ホスピスに入れたいのだったら、告知しなければいけないのだなあ。

「ここを出るのは死んだとき」というのは、老人施設も同じようなものだなあ。

などと、いろいろ…





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