- 「また、必ず会おう」と誰もが言った。/喜多川 泰
- ¥1,470
- Amazon.co.jp
主人公・秋月和也は熊本県内の高校に通う17歳。
ひょんなことからついてしまった小さなウソが原因で、単身、ディズニーランドへと行く羽目になる。
ところが、不運が重なったことから最終便の飛行機に乗り遅れてしまう和也。
所持金は3400円。
「どうやって熊本まで帰ればいいんだ……」。
途方に暮れる彼に「おい! 若者」と声をかけたのは、空港内の土産物売場で働く1人のおばさんだった――。
人生を考え始めた高校生に大人たちが語りかける、あたりまえだけどキラリと光った珠玉の言葉。
誰の人生にも起こりうる出来事から物語をつむぐ名手、ベストセラー作家の喜多川泰がお届けする感動の物語。
“この物語では、一人の若者が旅を通じていわゆる普通の人たちと出会い、その人たちの日常に触れながら、自分の日常を見直す機会を得ます。
その中で彼は同時に「生きる力」についても学んでいきます。
思えば僕たちの人生も同じです。
予定通りに行かないことの連続。
その中で起こる愛すべき人たちとの出会い、そして別れ。
その繰り返しの中での気づき。
この本によって、積極的に人との出会いを求めて行動し、そして、生まれながら備わっている「生きる力」を磨こうとする人がひとりでも増えるきっかけになれば、著者としてこれ以上嬉しいことはありません。”(「あとがき」より)
先日、「母さんのコロッケ 」で初めて喜多川泰さんを知った。
私は偏読で知らない作家さんはほとんど読まないのだけど、何かのきっかけで読みだすと、しばらく飽きるまで読み続けると言うクセがある。
この本は、図書館の喜多川さんの棚で見つけて借りてきた。
こういうことばっかりしてるから、自分が買った本が一向に読めない![]()
でも不思議なもので、何年も前に買った本でも、気になって読んだ時に必要な内容が書いてあるのよね![]()
和也は、修学旅行に訪れるディズニーランドに行ったことがあると友達に言ってしまったものだから、引っ込みがつかなくなり、ディズニーランドに行ったという証拠写真をみなに見せるためだけにディズニーランドに行くはめになった。
お小遣いと、お母さんに「友達と博多に大学の下見に行く」とウソをついて一万円もらい、往復の飛行機のチケットとデイズニーランドの入場券がついたツアーを申し込んだ。
ところが、帰りに渋滞にはまり、乗る予定だった飛行機に乗り遅れてしまう。
熊本行きの最終飛行機は飛び立ち、所持金も3,400円しかなく、家にも電話を掛けられず、出発ロビーのイスに座り途方に暮れている和也に、土産物売り場のおばさんが声を掛けた。
「情けない顔してそんなところに座ってどうするのよ。」
おばさんは和也を川崎の家に連れて帰ってきた。
お母さんに外で電話をすると言う和也に、
「ここでしなさい。
どうせ外ですると、また肝心なところでウソを言ってごまかすことになる。
ウソをついたらもっと状況を悪くすることになる。」
おばさんは、お店の中でみんなかわいそうと言うだけで何もしないのに腹が立って、自分は違うということをみせたくて声を掛けた。
泊めてあげて、お金を貸してあげて翌日送り出そうと思っていた。
「でもあなたのことが気に入った。
それじゃあ申し訳ない気がしてきた。
決めたわ。あなた自分の力で帰りなさい。
私はお金を貸さないわ。」
男は決断が大事。
まずはそうするって決めてごらん。
人生、先がどうなるかなんてわからない。
だから悩んでもしょうがない。
先ずはやるって決めて飛び込むの。
「今の僕にとってお金より大事なことって何ですか?」
「人より先に動いて、人の役に立つことよ。」
それからおばさんは、今まで家でしてきたようにふるまっていたら誰も泊めて良かったなんて思わないから、泊まった家では食事の後片付け、布団の上げ下ろし、風呂掃除からトイレ掃除、誰よりも早く起きて朝のゴミだしや部屋・廊下・階段・玄関の掃除まで、座っていてといわれても取り上げてまでやるくらいの勢いがなくちゃダメ、と教えてくれた。
お風呂に入れてもらい、さっそく浴槽をピカピカにして出てくると、Tシャツやパンツやジャージのズボンが置いてあった。
伯母さんには今年二十歳になる息子がいた。
中学に入るときに離婚して女手ひとつで育てていたけれど、高校入試の時に体を壊して仕事が出来なくなり、夫に引き取られた。
「一緒にいたい」という息子に、「一人がいいの」とウソをついた。
「あなたにとって居心地の良い場所は、周りの人があなたになにをしてくれるかによってじゃなく、あなたが周りの人に何をするかによって決まるの。
家も、学校も、職場も、全部同じ。
あなたがそこそこ幸せだったのは、あなたの家には、たとえあなたがどんな態度をとってもそれを毎日やってくれる人がいるからよ。
それを忘れちゃ駄目ね。」
翌日、今までの人生の中でいちばんありがたいと思った朝食を食べた。
今の気持ちのまま自分の母親の朝食を食べたいと思った。
そして和也は、昨日から考えていたことを口に出す。
「ぼく、おばさんの息子さんに会ってきます。」
おばさんは、毎年息子の誕生日にプレゼントを買っているけれど、これまで一度も渡したことがなかった。
そして今年成人になる記念に、腕時計を買ったという話を昨日聞いた。
その腕時計を預かって、青春18切符で静岡に向かった。
ところが、息子は家を出て吉祥寺の美容院にいるという。
結局、また戻って美容院に行くが、息子は休み。
そこで美容院のオーナーに泊めてもらうことになる。
お店が終わる間、スタッフルームをひたすら掃除をして、みんなに喜んでもらえた。
オーナーの家でもシャワーを浴びている間にシンクの洗い物をした。
「素直になる勇気がなければ、仕事なんてできない。
高校時代はそんな勇気がなくても良いけど、社会に出たらダメだ。
自分の非を認めたり、素直に謝ったり、感謝したり、お礼を言ったりする勇気のない奴は幸せになんてなれない。」
翌日、おばさんの息子に会う。
息子は、みなに励まされ、5年ぶりに母に会いに行った。
そして和也はスタッフのひとりが、「実家に返してくれれば良いから」と自転車を貸してくた。
、厚木の実家に向かう途中に警察官の職務質問に合い交番に連れて行かれるが、話を聞いた警察官が家に泊まらせてくれた。
和也はまた自発的に掃除や洗い物をする。
最初は言われたからやっていたのだけど、いざやってみると病みつきと言うか、好きでやっている自分がいる。
「それは、君が人間だからだよ。
人間はね、人間だけが、誰かの喜ぶ顔を見るために、自分のすべてを投げ出すことが出来るんだよ。」
「勇気を持つために必要だったのは、愛情。
相手に興味を持つこと。」
「人間は人が喜ぶ顔を見るためだったら、お金なんてもらえなくても進んでいろんなことが出来るんだよ。
愛する人のことだったらなおのこと、好きな人の喜ぶ顔を見るためなら、人間はどんなことだってがんばれるようにできている。」
次はサービスエリアで九州に向かう長距離の運転手を探した。
乗せてくれた柳下さんというおじさんは、和也が考えるこれからのベストの人生はと聞く。
「レベルの高い大学に入り、安定して給料もたくさんもらえる大きな企業に就職して・・」
「あ~~、もうええわ。
お前みたいなアホは、これでもつけとけ。」
とダッシュボードに入ったメガネをつけさせられる。
度が合わないメガネは気持ちが悪い。
でもつけろと言われたからつけてた。
「誰がなんと言おうと、おまえの人生はおまえのものや。
誰がやれと言うたからやる。
やるなと言うたからやらん。
それで自分の人生の責任をちゃんと取る自信はあんのか?」
「そんな生き方はするな。
先生だろうが、怖そうなおっさんだろうが、理不尽なことを言ったら断れ。
言いなりになって何かを手に入れようとしたところで、おまえはおまえらしさを失う。
それによって起こることを自分のせいではなく、他人のせいにして生きる。
自分のものさしを持って、自分で考える人間になれ。」
他人のメガネをかけて世の中を見てみると、世の中辛いことだけを我慢するだけになる。
他の人が幸せだというものを追い求めたり、他人が持っているものを手に入れようとするのが人生ではない。
自分の人生、自分の価値観で、好きなように生きたらいい。
「言うことを聞くんじゃない」と怒られたことは初めてだ。
でもおじさんは、自分の娘には言えなかった。
娘は結婚に反対され、家を出て行った。
車は渋滞し、松山行きの予定の船に乗れず、愛媛行きのフェリーに乗り、松山まで車で行くことになる。
フェリーの中でおじさんは熱を出し、和也が前日に船のラウンジで出会った和田さんという医者に助けを求め、港にトラックを置いてタクシーで和田さんの病院に連れて行く。
和田さんや、医者を目指して勉強している友達をうらやましがる和也に、和田さんは、
「人をうらやむことはない。
お金がたくさんもらえるから、社会的地位が高いから、将来安泰だからといった、他人のメガネをかけたままそれを目標のしているかもしれないぞ。
そうだとしたら柳下さんが言うように、いつか生きることそのものが気持ち悪くなってしまって、この世の中自体が苦しむためにあるように錯覚するかもしれない。」
と言う。
和田さんは、大学に行くのは無理と言われていたのを頑張って私立大学に入り、企業には見向きもされないだろうと教員試験を受けた。
でも、生活費を得るために教師の仕事をしていて情熱も感じず、もう一度勉強しなおして医学部に入った。
医者を目指した当初は他人のメガネをかけたまま世の中を見ていたので、また心がすさみ、医者をやめようと思った。
そんなときに、
「自分の使命を見つけるまで、なんでも好きなことをやったらいい。
自分の使命を見つけたら、それに命をかけて生きりゃいい、」
と言ってくれた母のひとことで、今の自分に出来ることは何かを真剣に考えるようになり、医者でなければできないことがたくさん見えるようになってきた。
子供の無限の可能性を引き出すために、親は何をすればいいと思う?
子供は、心から信頼してくれる誰かがいて初めて才能を開花させる土壌が出来るんじゃないかな。
それと、『待つ』ってこと。
『信頼』の反対は『管理』
『待つ』の反対は『結果を求めること』
和田さんに頼んで東予港に送ってもらい、足柄からここまで、途中の食事や船の切符まで出してくれた柳下さんにせめてものお礼にと、港の人に掃除用具を貸してもらいトラックを洗っていると、「和也君ね」とモデルのような女性に声を掛けられた。
それは、トラックの積荷を松山に届けるために来た、柳下さんの娘さん。
アメリカ人のご主人と自宅で英会話教室を開いているのだけど、今月いっぱいでご主人のビザが切れるので、もうすぐアメリカに帰らなければならないという。
千里さんは、高校が嫌でアメリカに行った。
むこうで待っていたのは差別。
自分が思い描いていた自由とは、「自分にとって都合がいい」って意味だった。
自分にとって都合の良い結果が、「成功」
都合の悪い結果が「、失敗」
アメリカに行って、高校で自分にとって都合の良い結果が得られないから逃げたんだと気づいた。
でも、日本の学校が嫌いになって、日本人の考え方や何もかもが嫌になってアメリカに行ったのに、向こうで日本のことが大好きになっていった。
日本の文化や、日本人の考え方、風土、教室の掃除をみんなでやることに誇りを感じるようになった。
本当は元いた場所に、自分にとって大切にしなければならない場所は全部あった。
結局、どこにいようと自分ががんばったぶんだけしかしあわせになれない。
英語が話せるなんてそんなの特技でもなんでもない。
あなたに興味を持つ人は、あなたに日本のことや文化のことを聞きたがる。
その時何も知識がなければ、わざわざ自分のためだけに遠くから英語のスキルを磨きに来た東洋人に興味を持つことすら薄れていく。
英語なんて向こうに行けば誰でも話せるようになる。
それよりももっとこの国のことを知って、外に出たら自信と誇りを持ってその良さを伝えて。
千里さんと別れた和也はフェリーで九州へ。
そこで老人と出会う。
「すばらしい出会いがたくさんあったな。
昔から人を成長させるものは出会いと相場が決まっておる。」
人はある瞬間に人生の使命と出会う。
おまえさんにままだ自分が人生の使命と出会うのは早すぎるじゃろ。
ところが私の若いころは、今のおまえさんと同じ年代の若者がみな人生の使命を感じて生きておった。
命の有限性を、今よりはっきり感じていたからじゃ。」
使命とは文字通り、自らの人生を何に使うかということを自分で決めること。
自分の命は限りあるものだと強く認識した者ほど、自分の使命が何かを考えようとする。
自分の人生があと五年しかないかもしれないと本気で思ったら、その五年でお金をたくさん残そうと思うか?
大きな家を建てようと思うか?
自分の命があと五年しかないかもしれないと考えたときに、限りある命を、永遠に続く何かに変えたいと思う。
それが使命だ。
まだ難しいかもしれないが、この旅で出会った人々によって今のおまえさんが作られているように、これから出会う人々とのご縁を大切にしていけば自然とそういうものがわかる日がやってくる。
私がここにいる理由も同じだ。
おまえさんにこんな話をすることによって、形のない想いを残すことが出来る。
フェリーから降り、迎えに来てくれた兄の車に乗って、家に帰ってきた。
母に、家に帰ったら一番に言わなければいけないと心に決めて来た一言を、勇気を振り絞って言った。
「お母さん、ウソをついて、心配かけてごめんなさい。」
挫折をしないで、使命を持って生きている大人なんて、いないんじゃないかなと思う。
人間、誰しもええかっこしいだし、失敗する前に痛手を受けないように言い訳を考える。
でも人生ってそういう積み重ねで、学びによって成長するのだと思う。
言い訳だらけの人生は、いつか後悔する。
和也が出会った人たちも、それぞれ何かを抱えて生きているし、過去の出会いによって今を生きている。
和也も、この旅で出会った人たちに大きな影響を受けたけれど、和也に出会った人たちも、和也に大きな影響を受けている。
和也に会ったことによって、自分の人生を振り返ることが出来る。
偶然は必然。
人生は、誰と出会うかによって決まるのだなと思う。
今の自分は、自分が出会った人に影響され、自分が選択したものによって出来ている。
こんなにドラマチックなことは起こらないかもしれないけれど、出会いは、だいたいにおいてドラマチックなのだ。