- 愛と癒しのコミュニオン (文春新書 (047))/鈴木 秀子
- ¥725
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生老病死──人生の重荷を背負った人を慰めるのは難しい。
心を閉ざした人々とどのように向き合えばよいのかを示す"癒しへの道"
鈴木秀子さんの本は何冊か読んでいる。
死者と生者の仲良し時間 1 2
この本は、「傾聴」について書かれている。
傾聴といえば、この仕事を始めたばかりのときに読んだ
- プロカウンセラーの聞く技術/東山 紘久
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対人関係を良好に保つための手段として、臨床心理士として活躍する著者がカウンセリングで重要視される「聞く」技術を一般向けに紹介しているところが特徴的。
対人関係に悩む人はもとより、営業職など、より良い人間関係を築きたい人に向いている。
ここでいう「聞く」とは、ただ耳を傾けるだけではない。
「聞く」には理解が必要であり、「話す」より膨大な努力を要すると著者は語る。
実際のカウンセリングでの会話を掲載し、読者に対し「さて、あなたならどう答えますか?」と尋ね、読み進めながら読者自身が自分の反応や態度を考え、それをより良い「聞く」態度に修正するという方法で、対人関係における自己鍛錬の場を提供している。
また、いかに井戸端会議での会話が洗練された「聞く」技術と良好な人間関係を保つことに長けているかを良い例として取り上げた。
専門家から見た「話す-聞く」相互関係とその技術を、我々が思い浮かべやすい生活場面を想定し、楽しみながら学べる気軽さがある。
訓練を進めるうちに、相手が話すことに対してどれだけ我々が「聞く」耳を持たないか、また、そのことで過去の人間関係が崩壊した可能性も否めず、「眼からうろこ」状態を体験するかもしれない。
一般向けに書かれているため、専門用語はほとんど使われていない。
しかし、全31章の「聞く」技術に関する講義と訓練の場は、「臨床心理士だったらこうする」という反応や態度も示され、臨床心理士の卵にとっても価値ある1冊だと言える。
そして私の大好きな
- モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の.../ミヒャエル・エンデ
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円形劇場の廃墟に住みついた、もじゃもじゃ頭で粗末な身なりをした不思議な少女モモ。
黙って話を聞くだけで、人の心を溶かし悩みを解消させる能力を持った彼女のまわりには、いつもたくさんの大人や子どもたちが集まっていた。
しかし「時間」を人間に倹約させることにより、世界中の余分な「時間」を独占しようとする「灰色の男たち」の出現により、町じゅうの人々はとりとめのないお喋りや、ゆとりのある生活を次第に失っていく。
も、やはり「傾聴」
私は、専門的にカウンセリングを学んだわけでもないから、お客様がお話されることは一生懸命聞くようにしている。
でも「傾聴」って一口にいうけれど、「ただ聴く」ってものすごく難しい。
なにか言ってあげたくなってしまうもの。
「コミュニオン」というのは、「愛による魂のつながり」を意味する。
「偶然はひとつもない。無意味なことはひとつもない」というのが、コミュニオンの大切なメッセージ。
ユングの「共同無意識」をさらに突き抜け、人間の根源に入ると、すべての人間をひとつに結ぶ生命の源泉がある。
「見える世界」をコミュニオンでは「ドゥーイング(行為)」と呼び、「見えない世界」を「ビーイング(存在)」と呼ぶ。
ビーイング(無条件)の世界では、人は誰でも許され、充足感や安堵感、親密感、自分をとても大切に思える尊重感、自尊心、自分はこれでいいのだという自信を持つことができる。
このコミュニオンの気づきは、3つある。
①あなたは愛されている
②あなたは許されている
③あなたには価値がある。
この世界に気づき、存在を意識していたら、誰でも味わうことが出来る。
大切なのは、それに気づかされることではなく、自ら気づくこと。
とはいっても、それはとっても難しい。
でも、愛するというのは、素晴らしさを味わうことではなく、嫌なところを受け入れること。
いいところを好きになるのは愛ではなくただ単に好き嫌い。
愛は好き嫌いを超え、もっとも醜く嫌なところを受け入れること。
落ち込んでも、もともと人間は不完全なのだからと、そういう自分を受け入れること。
自分を許してくれるのは、神であり大宇宙。
そして自分の価値を認めるのは、他ではない自分自身。
自分の存在の尊さを認め、大切にすれば、知らないうちに他人をも同じように大切に扱っている。
結局、人にどうするかではなく、まず自分なんだなと思う。
苦しみは現実と戦うところから起こる。
だから、受け入れること。
受け入れると楽になれる。
受け入れて、自分を愛し自分の存在価値を認めることができれば、他人にも同じように接することが出来るのだと思う。