昨日妹のところに、母からメールが届いたという![]()
「発熱すぱつはきますかかつたけど小さめでした」
いったい、なんのこっちゃい![]()
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と思ったら、小学生の姪っ子が
「発熱スパッツはきますか?買ったけど小さめでした」
じゃない
と解読してくれた
なんだか片言の日本語みたいだ![]()
大阪の従妹のところにも、句読点のまったくないひらがなだらけのメールを送って、まったく小学生みたいと大笑いされていたらしい
携帯を買って
から1週間、それでも一応練習しようとしている努力だけは認めてあげるから
なので褒めてあげようと電話をしてみたら、松坂屋で今日から開催される県の華道展に行きたいというので待ち合わせすることに。
震災がきっかけになったのか、母の歳を感じたのか、最近なんとなく母から誘われたものは、支障がないかぎり付き合ってあげようと思うようになった。
”あの時ああしてあげればよかった”と思うのは、嫌だしね。
お母さんに抱かれた赤ちゃんをみると、以前はただ「かわいいなあ」と思っていただけだったのに、最近は「私もこうやって大切に抱かれていたんだなあ」とか、「こうやってあやされていたんだなあ」なんて思うようになった。
子供のころにしてもらったことを、今頃になって思い返している。
親の有難味がわかる歳になってきたのかな。
速いのか、遅いのかわからないけど・・・
でもこの作業は、なかなか楽しい。
もちろん面と向かって”ありがとう”なんて、照れくさくてとっても言えないわっ![]()
ちょうど中学生の姪っ子の合唱コンクールもあるというので、お花を見たあとに聴きに行くことに。
駐車場が混んでいて、「ちょっと遅れるから、どこか見ていて、電話するから。」とメールを送り、待ち合わせの改札口で電話をするとぜんぜん出なくて、心配になってきょろきょろ見回したら、柱の向こう側にすまし顔で立っていた。
携帯、鳴ってるじゃん![]()
まったく、こういうときに必要だからって買ったのに~![]()
まったくなんのために買ったんだか、わかりゃしない。
松坂屋の華道展は、いろんな流派のお花が展示されていて、それぞれに特徴があって面白かった。
こちらは生け花コンテストのお花
私が習ったのは小原流で、一応准教授まで取ったのだけど、お金も時間もかかるし、教える気もないのでやめてしまったら、すっかり上手に活けられなくなってしまった![]()
でも見るのは好きだから・・・![]()
大きな枯れた蓮の葉だけを床に置いてあるのもあって、これを美と感じるのは日本人だけなのだろうなあと思う。
先日、「日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書)/竹田 恒泰 」を読んだ時、北野武さんが、「お茶室の前をきれいに掃き清めたあと枯れ葉を置いておくという日本人の美観」の話をされていたことを思い出した。
枯れたものにも美や雅を感じる感性をDNAとして持っているって、なんだか誇らしい気持ち![]()
ランチは、松坂屋のレストランで。
姫チラシ寿司定食![]()
母の服をみたあと、合唱コンクールの会場に向かったのだけど、時間を間違えてしまいすでに歌い終わったあと![]()
学年全員の歌を聴いたけれど、どこにいるのかわからず、結果発表までいるという妹を残して母とお茶して駅まで送った。
帰って姪っ子にメールすると、賞を取ったようで、
「おばあちゃんが今メールの練習しているから、メールで知らせてあげたら」
と返したら、しばらくして母から
「メール着たけど、見られない
」
って電話がかかってきた![]()
まだまだ使いこなすには、時間がかかりそうだわ
