お彼岸なのでお墓参りへ車

お彼岸って、亡くなった人がより近く思える。

ひとり暮らしをしていた義母が入院後施設に移り、仏壇を家で預かるようになってからより強く思うようになった。

お寺さんに来てもらって仏壇の魂抜きをし、家に置くには大きすぎるので仏壇やさんで今まで使用していた仏具を生かし小さめに作り変えてもらって魂入れをしてもらったときに、「ああ、ここにご先祖様に魂が入っているのだな」と実感したのも大きかったのかもしれない。

朝晩手を合わすようになって、月に一度お墓参りに行くようになってから、「今、ご先祖様が守ってくれたよねビックリマーク」と夫と思わず言ってしまうような出来事がいくつか起きた。

若いころは結婚は個々の結びつきであって、家と家との結びつきなんてナンセンスだと思っていたし、義父から「家」という言葉が出るたびに「私は夫と結婚したわけであって、家に嫁いだわけじゃない」と心の中で反抗していたけれど、最近になってやっぱり私はこの家を守るために嫁いできたのだなあと思うようになった。

もちろん、自分の家のご先祖様だって大事。

父方も母方もお墓は大阪にあってなかなか行くことが出来ないので、毎晩心の中で手を合わせて今日一日の無事を感謝している。

自分の今にご先祖様の何が影響しているのか知りたくて、両親が亡くなったらもう調べようがないので、最近母に自分のルーツを聞いている。

母もすっかり忘れていたけれど、話し出したら少しずつ子供のころのことを思い出してきたみたいで、話しながら懐かしがっている。

父の父方のルーツは大阪で、裕福な商人の出だったのだけど家族の反対を押し切ってクリスチャンになってそこから先は親戚付き合いをしていない。

その奥さんは武家の出で、父方の祖母は高知の出で庄屋の娘だったそうで、そこからずっとたどっていくと平家の落ち武者に行きつく。

母の父は鳥取のお寺の出。

仏教(昔は神仏習合だったので神道も含めて)とキリスト教にものすごく興味があるのは、ふたりの曾祖父の影響なんじゃないかと思う。

特に父方の曾祖父の存在を近く感じる。

ただずっと、江戸時代末期に生まれた曾祖父がなぜ裕福な家と縁を切って真でクリスチャンになったのかがどうしても気になって仕方がない。

お彼岸は亡くなった人と魂の交信が出来ると言うから、教えてもらえないかなあ・・・

結局お墓参りは早めに出かけたのに渋滞にはまり、夕方から予定があって帰ってこなければいけないので明日仕切り直しをすることにし、早々にUターンして義母の施設の面会に。

帰りに用宗港の横を通ったらシラス丼ののぼりが出ていたので、通り過ぎてまたUターンして車を停めて確かめると、漁港直営の「どんぶりハウス」のテントがあったので、そこで昼食をとることにした音譜

まぐろの漬け&生シラス丼 800円。

まぐろの漬け&釜揚げシラス丼 800円。


パナリののほほん日記2-110924_120250.jpg

青空の下でご飯を食べるのって、気持ち良いわ~!!

生シラスが食べられるのは、静岡県民の特権だわニコニコ