もともと涙もろいのだけど、今日の「おひさま
」で、繁樹が立ち直って良かったなあと思っては泣き、高校野球決勝のアナウンスを聞いては泣き、NHKドキュメントの仁淀川
の水の美しさと、交尾が終わり力尽きて川面に落ちても光り続ける蛍の命の儚さを思っては泣きで、日々ますます涙もろくなってきて、このままだと干からびてシワシワになってしまいそうだ![]()
木曜日に、NHK教育でお顔のマッサージをやっていて、そういう関連のものは施術にプラスできないかなと気づいたら観るようにしているのだけど、そのままつけていたら、こんな番組をやっていた。
バレエ用語で、「跳躍」という意味らしい。
ゲストは小島慶子さんで、先日「ぼくらの時代 」で、彼女が声をかけた放送作家の鈴木おさむさんと、そして会いたい人でもといわれ、指名した芸人有吉弘行さんの三人のトークを拝見したばかりだったので、興味を持ってそのまま観ることにした。
有吉さんも、「毒舌吐いているけれど、やっぱりこの人は良い人よね」という素顔が垣間見られてよかった。
小島さんはTVとラジオの違いで、映像だときつく伝わることが、ラジオだと映像がない分柔らかく伝わると感じているとおっしゃっていたけれど、私はテレビもラジオも聴いたことがなく、名前だけを知っていた。
最近シンクロ続きで、小島さんもそのひとつかしらん![]()
何か得るものがあるのかも![]()
対話形式のものって、たいがいたった一言でも、自分の琴線に触れるものがあるので、「ぼくらの時代」とか「徹子の部屋 」「NHKスタジオパーク 」など、気になるゲストのときは録画して観るようにしている。
今興味のあるものは「ミュージック・ポートレート 」
2週にわたって、2人のクリエーターがそれぞれ選んだ10曲を持ち寄りその曲について人生を語り合うというもので、今週のゲストは市川亀治郎さんと熊川哲也さん。
AMラジオで、午後の時間帯で人気ナンバーワンの番組をもつ小島慶子さん。
2児の母として家庭を守り、仕事でも成功している女性として注目を集めています。
しかし、今の輝きを得るまでには、いくつもの修羅場がありました。
商社に勤める父親。
海外を転々とする少女時代。
異国の地で母親の愛情を一心に受け、理想的な娘になるべく教育を受けます。
しかし、それは彼女の望んだことではありませんでした。
母親と通じ合えない孤独な彼女を救ったのは、ラジオ。
自由闊達(かったつ)なトークに心を躍らせ、世の中に希望を見いだした少女。
高校生になると放送業界で働きたいという気持ちが芽生え、念願のテレビ局のアナウンサーになります。
しかし、次第にテレビの仕事に違和感を持つようになります。
局をイメージアップするための仕事と、自分がしたい仕事にズレがあったのです。
小島さんには「本音で伝えたい言葉」がありました。
行き詰まった彼女に、ラジオ番組のナビゲーターにと誘いが来ます。
仕事を引き受け、生放送の討論番組は白熱。
彼女の才能は開花し1999年、「ギャラクシー賞」を受賞。
自分が思い描いていた放送が実現します。
その後、結婚。
30歳で男の子を出産。
しかし、初めての育児に不安を感じ、心のバランスをとるために、職場に復帰。
夫と協力して何とか家庭と仕事を両立させます。
そして3年後に次男を出産すると、体調に異変が。
心療内科の診断は「不安障害」でした。
自殺さえも考えた小島さんは、カウンセリングを受け、仕事や人生において矛盾を抱えて分裂した、2人の自分がいることに気づきます。
「やりたいこと」と「やらなくてはならないこと」の間で引き裂かれていた自分。
「誰から見ても成功している」と見られるように追い立ててきた自分の価値観を見つめ直し、病を克服。
「人生は自分の道を行けばいい。」
そして彼女のグラン・ジュテ・・・。
2009年、自らの名前を冠したラジオ番組がスタートしました。
翌年にはテレビ局を退社してフリーランスに転身。
本音を語るまっすぐな彼女のスタイルは、ラジオを通じて人とつながっていきます。
「良い学校に行き良い就職をして良い結婚をする」
それがいちばんしあわせなことと、娘に自分の考えを押し付ける母親に反抗する。
母親の理想の娘像と、なりたい自分との距離感。
わかるなあ。
私も母親が厳しくて、彼女の基準で育てられてきたから。
よかれと思って言っているのはわかっていても、自分と違う尺度を押し付けられると苦しい。
私の高校時代の門限は7時で、遅くなると彼氏の家に電話をかけられたり、高校時代は校則で禁止だからと他の子はやっているのにうちはバイトも友達のところに泊まりに行くのも、旅行もだめで、誘われてもひとりだけ断らなければならないのが悲しかった。
母親の基準に合わないものは却下。
家は家、よそはよそ、だった。
そのぶん、人と比べないという術を身につけたのは、その後の人生に役立っているけど・・・
学校は県外なんてとんでもなくて家から通えるところ、短大に入って初めてのコンパに「8時に帰ってきなさい」と言われ![]()
それをなんとか門限を11時に引き伸ばしたけれど、結婚するまで変わらず、ともかくなにがあっても11時までには帰ってこなければならず、飲み会でも彼氏にもひんしゅくを買った![]()
でも母親が強すぎて抵抗できるだけの精神力も行動力もなかった私は、結局反抗もせずガマンする道を選んでしまった。
そのことを最近になって母に言うと、
「いいじゃない。
あなた今好きなことやってるんだから」
とのたまった
そして、
「だってあなたは放っておくと糸の切れた凧みたいだから」
とも
確かにそうだけど![]()
結婚してから初めて門限を気にしないで飲みに行ったり、ダイビング始めたり、一人旅したり、なんだか今頃になって青春を送っているよう
でもほんとうは若いころに、自分のしたいことをしてみたかった。
独身の友達も多いけれど、みな自由ですごくうらやましい。
ほとんどの場合のトラウマが自分の子供時代のことで、それも親との関係が多い。
でもその親も子供時代があったわけで、我が母の場合、幼いころに母親を病気で亡くしたり、父親からも離れてたったひとりで疎開して寂しい思いをしたことが、娘はとにかく自分の目の届く範囲で育てなきゃと過干渉につながったのだなと思いついたら、ジグゾーパズルのピースがそろったみたいにいろんなことが納得できた。
母とも私ともちょうど一回り離れた叔父が昔、
「姉ちゃんは心配しいやから」
と言っていたけれど、心配がついつい管理につながったのだと思う。
周りの人には面倒見が良くて慕われているので、私にも度が過ぎなければきっとありがたいと思えるのだけど・・・
先日、てんつくまんさん のメルマガの
パートナーのchieちゃんは、お母さんが凄い厳しい人で高校の時も門限は7時。
いつも迷惑をかけちゃいけない、良い子でいないと駄目って、人の目ばかり気にして生きてたんやって。
愛されてる感覚をほとんど感じてなくて、とにかく母は厳しく一緒にいると息が詰まるような存在やってん。
それが小さい時の記憶をたどっていったら、こんなシーンやってんて。
自分がやっと立てた時にお母さんが目をそらした時に、こけてしまってめっちゃ泣いてたんやって。
その時にchieちゃんが見たのはお母さんの
「ごめんねchie、私が目をそらしてたばっかりにこんな痛い目にあわせて」
っていう罪悪感やってん。
だから、そこから娘をそんな目にあわさないようにっていつも自分の目が届くところにおき、いつも見てたんやって。
アンソニーの導きが凄いのがその一番記憶に残ってる記憶の少し前を思い出させるねん。
chieちゃんの場合やったら、そのケガをする前。
すると、自分が立って歩いているのをお母さんがめっちゃしあわせそうに見ている映像。
つまり、めっちゃ愛されている映像。
それを見たことによってchieちゃんは「私はお母さんに愛されてない」と思っていたのは自分の思い込みだったことに気づくんよ。
愛されていないと思っていたことは自分の思い込みであり、本当はめちゃくちゃ愛されていた。
それに気づけたことってめちゃくちゃ大きくない?
たぶんね、自分の親が厳しいのは、過去、そんなことが起こったのかもしれんよ。
だから、自分の一番小さい時の記憶をたどっていくと、今の親子の人間関係が劇的に変わるかもしれんよ。
前にも書いたけど、俺ら人間は思い込みの世界の中で生きてるんよ。
を読んで、すごく納得した。
私は母親が目を離したすきに、ミシン台から落ちておでこを打って大泣きしたらしい
そこに登った私も私だけど。
小島さんも、お母さんとの軋轢や、学生時代に陰湿ないじめを受けたり、子供が出来て不安障害にかかって心療内科にかよったり、華やかな経歴からは想像もできない壮絶な過去を持っている。
それを、さらっとラジオで言ってしまえるところがすごい。
誰だって闇を抱えて生きている。
でもその闇が、ほんとうはその人の個性であり魅力であり人生なのだと思う。
みんな自分の過去を手放して、どんどん軽くなっている ってブログに書いたけど、彼女もそうだなあと思った。。
それぞれの人生の中で、過去を手放すときが訪れる。
そのタイミングに気づく人
気づいても行動を起こさない人。
気づいて行動を起こす人では、そのあとの人生が全然違ってくる。
チャンスの神様は前髪だけ
チャンスの神様は体中が油を塗ったくったようにツルツルで、前髪しか毛が生えていないから、早くても遅くても捕まえることが出来ない。
前髪をつかむチャンスは、ほんの一瞬だけ。
タイミングを逃さないようにしないとね。
グランジュテの動画はこちら