毎朝NHK連続テレビ小説の『おひさま 』を観ると、涙が出る。
学びたい、遊びたい盛りの子供に、「必勝」という習字を書かせ、軍歌を歌わせ、藁を敵に見立てて竹槍で突かせる。
竹槍だってバケツリレーだって、それがどんなにバカげたことかを知っていても、口に出すことは許されない。
愛する夫に、子供に、「死なないで生きて帰ってきて」という言葉もかけられない。
夏子先生の恋人はもと同僚で、戦地に行って怪我をして戻ってきた。
死んだ仲間たちに申し訳ないからと、結婚をせずに別の地で教師を続けている。
「大きな声で言えないけど、この戦争が終わったら一緒になろうって言っているの。」と、恋人の写真を抱きしめてしあわせそうに笑う夏子先生。
「戦争が終わる」という言葉は禁句なのよね。
陽子が、
「どちらにいらっしゃるのですか?」
と聞くと
「広島にいるの。」
と。
凍り付いてしまった。
未来の私たちからは、この恋人の行く末が見える。
なんか、切ないなあ・・・・
戦争はすべてを奪い去っていくのだもの。
戦争は勝つ、勝つ。
日本は大丈夫と言いながら、真知子のお父さんみたいなお金持ちの人は日本は負けるという情報が入っていた。
満州に渡った人たちは 、撤退命令を受けたときにはすでに偉い人は撤退した後で、死の恐怖を味わいながら日本に帰ってきた。
真実を知っているのは上のほんの一握り。
国が守るのは民ではなくこの国。
ずっとそうだったのに、国に守ってもらわないとという切羽詰った状況に今までなったことがなかったから、国に守られているという錯覚をしていたのかも。
危ないものを安全と言い、安全なものを危険と言ってきた。
それに異議を唱える人は、知らぬ間にいなくなっていった。
戦時中が今の時代に重なって見えてしまうのは、私だけなのかなあ。
戦争と放射能を入れ替えても通じるところは多々あるけれど、この時代の人々の絆や凛とした佇まい、そして美しい安曇野の風景は、東北の被災した方々や東北の風景とも共通している気がするの。