友達からメールで頼みごとをされたのだけどよく意味が理解できなくて怒らせたみたいで、ものすごく落ち込んだ。
携帯メールは難しい。
無機質な文面は、胸が冷たくなる。
携帯メールで何度もやりとりするのはどうも苦手で、電話のほうが早いのになと思うけど、相手から最初に着たメールに電話をするのは失礼かと思い遠慮してしまう。
結局「気分悪くさせてしまってごめんなさい」と謝って、相手からも「説明不足で・・・」という返事が返ってきて終わり。
なんだか、ものすごく疲れてしまって早めに寝た。
結局、気の置けない友達だから文面に気を使わなかったゆえんで、そうじゃなければお互いにもっと気を使うだろうし、電話だったらきっとこんな気持ちにはならなかったはず。
パソコンの長いメールは手紙感覚で好きだけど、携帯メールは来る分には良いのだけど自分から送るのはどうも長く打つのが苦手で、短いとそっけないななあなどと余計なことを考えてしまって、結局用事のあるときやどうしても伝えたいときくらいになってしまい、どんどんと不精になる。
さらっと送れる人はステキだなと思うし、とてもうらやましい。
最近は、たまたま絵葉書や手紙のやりとりを何人かとする機会があって、直接書いた字から伝わるものと比べてしまって余計にそう思ったのかもしれないけれど、それでもつい数日前は何十年も会っていなかった中学時代の部活の仲間 とアドレス交換してメールで心境を話したり、他にも温かいメールをもらうことがあって、携帯も良いものだなあと思ったばかり。
まったく同じものなのに、ちょっとのことでまったく別のもののように見方が変わってしまうのだなあ。
なんだか、シッタカブッダ みたいだな。
携帯は携帯であって、良いも悪いもないんだよ。
文面を見て嫌な気持ちになったのは自分であって、相手がそうさせているわけではない。
ましてや、心が傷ついたと思うのは自分の気持ちで、心は傷ついたりはしない。
「こんな書き方したら、普通はこう思うでしょ。」
と思っても、相手にしてみれば
「なんでこんなふうに取るわけ?」
って思うわけで、それはお互い様なのだ。
今日は横浜の整体学校。
図書館で借りた
- 微差力/斎藤 一人
- ¥1,575
- Amazon.co.jp
を電車の中で読んだ。
“微差力とは、何だろう? ひと言では説明がつかないのですが、
ただ、私はこの本を作っている最中から、楽しくて、楽しくてしかたがありませんでした。
「しあわせも、富も、こんな少しの努力で手に入るんだ!」と、みんなが気づいて、
どんどん、どんどん、豊かになっていくかと思うと、私はもう、うれしくて、ワクワクするのを止められなかったのです”
“商売でもなんでも、人生、微差の積み重ねです。しあわせになるのも、笑顔だったり、天国言葉だったり、ね。
しあわせに見えるような服装だったり、それの微差の連続なんです。
その微差一個でグン、微差一個でグンって、あがるのです。
ここが、おもしろいところで、やり得なんです。
普通の人は、うんと努力して、ごほうびはちょっとです。
だけど、本物は違います。本物は、微差の努力で、大差もらえるんです”
ものには道理があって、その道理どおりにやれば、人生はうまくいくようになっている
この本は7回よんでくださいね
本文よりその本の中に
要なものの考え方です
考え方一つで、すべてが違ってしまうのです
って、書いてあった。
やっぱり、必要なメッセージはいちばん必要なタイミングでくるらしい。
そしたらだいぶ年の離れた友達から、昔私が送った絵葉書が出てきて、そうした急に懐かしくなって
したくなったとメールが着た。
彼女は数年前にうつになって、突然泣きながら電話をかけてきてびっくりして家に寄んで話を聞いて、それからしばらくの間毎日メールを送ったり、絵葉書を出したことがあった。
書いた内容なんてもうすっかり忘れてしまったけれど、相手の思ったことがすぐに伝わるのは携帯メールの良いところで、やっぱり携帯も良いなと思う。
人間って、本当に単純にできているものなんだ。