今日は横浜の整体学校へ。
関東では、頭痛とか咳とか鼻水とか喉の痛みとか、放射能が影響だと考えられる体の不調が多数出てきているらしいというので、マスクをしていくのだけど、ほとんどの人がマスクをしていないのね。
低濃度放射能が続くと体が慣れてしまうらしくって、それも怖いなあと思う。
でもここだって、放射能がないわけではないし、きっと地震以前にもあった。
見えないというのは、確信がないから思考ばかりが頭の中でグルグル回ってしまう。
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年の取り方を知らない老人が急増してきた!超高齢化の時代を迎える今、わがままな年寄こそ大問題。
自立した老人になり人生を面白く生きるための7つの才覚の持ち方。
母から回ってきた。
誰でも確実に老いに向かっているわけでだから、早かれ遅かれ老いを感じる日は来るもの。
心構えは大切なことね。
昔は子供のころから「才覚を持ちなさい」と育てられてきたから、才覚にあふれた老人がたくさんいた。
戦争を体験している世代は、頭が真っ白になるような人は生き延びれなかったはず。
なぜ今は才覚のない老人が増えてきたのか。
原因のひとつは基本的な苦悩がなくなったから。
昔は戦争があり、食べられない貧困があり、不治の病がたくさんありました。
家もお粗末でしたから台風がくれば必ず屋根が飛んだり山崩れがあったりして、自然災害もひどかった。
そういう目に遭うから、ある程度は運命を受託し、また災害を自分たちでどう防ぐか、他人や国に頼らず知恵を絞ったのです。
ところが今は戦争がないから、明日まで生きていられるかどうかわからない、という苦悩がない。
医療が進んで結核で死ぬ人も少なくなったし、昔みたいに子供の5人に一人が死ぬということもない。
食べられなければ生活保護をもらえる。
山崩れや津波も予知して防いでくれる。
天気予報ひとつにしても「今日は夕方から雨が降りますから傘を持ってお出かけください。」とか、「明日は寒くなりますから、厚手のセーターを着たほうがよいでしょう」とか、過保護も良いところです。
あらゆる点で守られ、何かあれば政府がなんとかしてくれると思っているから、自分で考えない。
してくれないのは政府が悪いと言うことになるわけです。
あ~、確かにそうですねえ![]()
外国では今日口に入れるものがない、雨を凌ぐ屋根がない、明日の朝が迎えられるかわからないとう人が大勢いるわけで、それをほんと、3月11日まで遠い国の出来事と思ってきた。
地震が起きて、明日生きていること、水や空気が安全であること。
当たり前だと思っていたことが、実は違うんだってことを思い知らされた。
比較する対象がなければ、今までどんなに豊かで恵まれてきたかってことに気づかない。
大きな地震が来る来ると、何十年も言われてきたのに、どこかでたぶん大丈夫だろうと思っている。
富士山の噴火だってそう。
原発だって、危険だとは思っていたけれど、まさか爆発するとは思わなかった。
国も企業利益重視だとは思っていたけれど、まさかここまで・・・・
絶対も、まさかもこの世にない。
税金を納めているのだから、国が守ってくれて当然と言う意識をすてて、自分の身を守るのは自分しかいないってことを認識しなくては。
というか、今回いやがおうでも国民全体が認識したのでは![]()
この本は、他人に依存しないで生きていくためにはどうしたらよいか書いてある。
「何をしてもらうか」ではなく、「何が出来るか」考える
受けるより与える
ひとりで遊ぶ習慣をつける
どんなことにも意味を見出し、人生をおもしろがる
身近な人に感謝する
身の丈にあった生活をする
目標、目的を持つ
一日一日「今日までありがとうございました」と心の帳尻合わせをする。
自立すること。
それって、別に歳は関係なく、どの年代でも大切なこと。
私は子供がいないから、自立するということをたぶん人よりも意識していると思う。
夫がいても、いずれはひとりになる。
でも子供がいても同居したり近くにいてくれるとは限らないし、結局は結婚していても独身でも、最後はみなひとりになるという心構えをしておけば、あわてないで済む。
震災が起きてから、明日死んでも後悔しないような生き方をしようと思った。
ささいなことにも感謝するようになった。
ささいなことに、よりしあわせを感じるようになった。
ありがとうをたくさん言うようになった。
それは、比較する対象ができたから。
明日死んだら、味わえなくなるから。
より豊かな人生を送るためには、心を豊かにすることだ。