今朝テレビで、震災を受けた12歳の男の子が、「生きるのに一生懸命」と言っていて愕然とした。
私はこの子より何十年も多く生きているけれど、生きるのに一生懸命なんて思ったことなんか一度もない。
何もできないなんて、無力感に浸ってなんていられない。
この子たちを守らなきゃ。
この子たちに出来ること、考えなくちゃと思った。
一生懸命生きている子供たちのために何が出来るかを、大人が一生懸命考えなければ。
原発も、安全なわけないけど仕方ないって思ってた。
でも怖いものは怖い、嫌なものは嫌って今言わなくちゃ、この子たちの孫やひ孫たちまでが、一生懸命にならなければ生きられない時代になる。
福島県から避難してきた女の子が、「東京の人は福島の原発で電気をもらっているんだから、もっと関心を持って。」と訴えていたけれど、この子たちが安全に暮らせる世界を作らなくちゃ。
空も海も陸もつながっている。
地球レベルで考えなくちゃ。
「今が安全」じゃなくて、「未来も安全」という世の中にしなくっちゃ。
必死で頑張っているのに、野党だ与党だ言っている大人がみっともないと言っていた子供たちに、やっぱり大人はあてにならない思われないためにも、今が大人の踏ん張りどころなのかもしれない。
ブログやツイッターで、報道されない情報の裏側の真実を知るたびに愕然として、負のエネルギーにググ~っと引っ張られそうになるけれど、でもそのたびにいろんな友達がまるで見ていたかのようなベストタイミングで、私を引っ張り上げるブログやメルマガの転送を送ってくれる。
原発事故も起きてしまった事実は変えられないし、地震はいつおさまるか、またこの先どこに起きるかわからないし、だったら落ち込んでいる暇なんてないんだなあと思う。
いつも思うけど、事実はひとつ。
でもそれをどう受け止めて行動するかで、そのあと歩む道が大きく変わっていくのよね。
同じ地震から、絶望を選んだ人も、希望を選んだ人もいる。
何を選択するかで世の中が変わる。
絶望よりも希望や再生。
なんたって、引き寄せの法則。
被災地の人が生きていることに感謝して、希望を唱えているのに、震災に合っていない私たちが絶望を選んじゃいけない。
最近、地震ではないのに時々足元がグワンと揺れる。
めまいもする。
今、今、今いう声がする。
今やらなきゃ後悔するよって言われてる。
なんだかよくわからないけれど、この地震は、個人個人の足元も揺らがして、本人のいちばん弱い部分を露出させ、対峙させられているみたいなのよね。
それぞれがもっとも苦手とするコミュニケーションの問題。
今まで目をそむけていたこと。
逃げていたこと。
いちばん苦手な部分のお試しがくる。
それから、気づき。
今自分は何が必要なのか。
何をしたいのか。
何ができるのか。
答えはみんな違ってよいのだけど、でも共通して言えるのは、この地球を良くするために自分はどうするかを真剣に考えるときなのよね。
福島の地に毎日遠隔レイキを送っているのだけど、とても殺伐として寂しそうでに感じて、胸が冷たくなる。
でもそこからピンクのエネルギーが出て、地球全体をすっぽり包むイメージをしてみる。
ほんの少しでも効力を発しているのかはさっぱりわからなないけれど、でもせずにはいられない。
無力だし、ほんとはクリーンエネルギーが開発できればいいんだけどそれは自分ではとっても無理。
でも未来を託せる政治家を一生懸命考えて選ぶということは出来るし、そうやって考えていくといろいろと出てくるのかもしれない。
今度市長選と県議会選挙があるけれど、今まで棄権はしなかったけれど、それほど真剣に投票する人のことを考えたことはなかったような気がする。
災害対策も視野に入れていなかったし・・・
先ずは、ここから。
真剣に真剣に考えて、投票する人を入れようと思う。
静岡市だって、東北並の津波が来たら、JRまで到達してしまうらしいよ。