今日いらしたお客様は、何年も前から通われていて、いつもは施術の途中までおしゃべりされているのだけど、初めて足を触ってすぐに寝てしまわれた。

地震が起きてから、気持ちがなんとなくザワザワと落ち着かなくて、安心する場がないんだろうな。

トリートメントされて20~30分寝るのは、3.4時間熟睡するのと同じだというから、気持ちも心も楽になってもらえたらいいなあと思う。

施術後はハーブティーを飲みながらゆっくりお喋りするのだけど、「こんな時期なんだけど・・・」とお部屋の模様替えの話になった。

ずっと模様替えしなかったのに、テレビを買い替えたら急に模様替えをしたくなり、じゅうたんを購入したとのこと。

気に入ったのは高かったのだけど、迷いに迷って高いほうのじゅうたんを購入されたのだそうだ。


でもね、10年も20年も使うのなら、割れば一年はほんのわずかな差。

だったら、本当に気に入ったものを買わなくちゃ。

こんな時期だからこそ、いつどうなるかわからないからこそ、いちばん長く居る部屋を居心地良くするのは私も賛成!!

それに、とりあえず生きるのに必要じゃないお店でお金を使うのも、社会を循環させるひとつの方法だと思うし。

今、自粛自粛でいろんなイベントが中止になっていて、行うことに対しての批判や、行う心境でないのもわかるけど、そこに出店するお店や働く人の生活だってあるし、関連倒産してしまうと、支援の力も弱まってしまうから、なんとかならないかなあと思う。

今は自粛じゃなくて、動かなければいけない時期なのだと思う。


お客様がお帰りになった後、別のお客様が出展している華道展を見に行った。

お花の特性を生かして、華美ではなくシンプルな活け方が多い。

山桜や小手毬やチューリップなどの、色とりどりの春の花々。

自然の色はすべてに調和して目に優しい。

命あるものには癒される。


夜は、大河ドラマの「江」

子供っぽいだのなんだと言われているけれど、本当はまだ10歳くらいだからしかたない汗

賤ヶ岳の戦いで両親が自害し、秀吉に引き取られ千利休にお茶をふるまわれる場面で、茶々が

「ひととき、母のことを忘れておりました」

と言っていた。


「道」というものは、華道にしても茶道にしても、それを行うときは瞑想に近いような無の境地で、見たり味わったりするものも、その境地になるのかもしれないなあ。

美味しいとか、美しいとか、きれいとか思う前に、「ただ在る」ということを味わうのかも。


華道も茶道も、何度戦が起こっても廃れずに残ってきた。

花一輪、一服のお茶に癒される。

芸術は強いね。