以前、シータリーディングで満美貴さんに、女性性が閉じていると言われたことがある

男性性は大人で成熟して達観してるから、次から次に壁が現れているんだけど、普通の人ならあたふたするところを問題意識を持たないので乗り越えちゃうのだそうだ。

けれども女性性がまだ子供のままで成長が止まっていて、インナーチャイルドが「甘えたい、導いて欲しい」と言っているのだとか。

「子供の女の子がすること、子供の頃にしたかったことをしてください。」
って言われて、着せ替え人形かおままごとかなあと思っていたのだけど、アメーバブログになって半年、ピグに誘われた。

もともとゲームやアプリも好きじゃないので、困ったなあと思っていたのだけど、情報交換という必要に駆られてやってみることに。

それが、髪を切ったばかりだったのでボブにし、目はほんとはこんなに大きくないのだけど、細くすると全然かわいくないのでここだけはちょっと美化して、「パナリさんはいつもニコニコしていたという印象がある」と、幼稚園や小学校や高校時代の先生に言われたので、口元は笑って・・・とこんな感じ・・・・なんてやっていったら、思いのほか楽しくなっちゃったラブラブ

でもちょっとかわいくなり過ぎちゃって、ブログを読んで初めてお会いするお客様には初めから謝っておくえへへ…

イリスさん の描いてくださったパナリは雰囲気が似ているとよく言われるけれど、ほんとはそんなにはかわいくなくてあせる

最初はこんなのにお金をかけるなんてもったいないなんて思っていたのに、タダだと洋服もみすぼらしいので、上着を買い、スカートを穿かせ、タイツに靴に・・・と次々と着せ替え、そのうち殺風景なお部屋の模様替えにも突入してしまったDASH!


これって、考えてみたら着せ替え&おままごとじゃん音譜

こうして生まれたパナリちゃんは、とっても利発的な女の子で、知っている人が見たらド突き倒されそうだけど、なんだかとっても愛おしいラブラブ

最近お会いする方には、本名よりもパナリさんと呼ばれるほうが多いので、よけいに親近感もupハートあげあげ


この子は10歳の設定。

なんでそう思ったのかなって考えてみたら、小学4年生の時の受け持ちの先生が大好きで、ひとりひとりにニックネームをつけてくれて、短大を卒業するまでずっとその呼び名が続いてた。

クラス全員がものすごく仲良くて、年賀状は全員に出したし、気になる男の子もいた。

10歳って、人生でいちばん大事なんだってね。

このときの先生が、人生を左右するといっても過言ではないのだって。


でもね、そのときものすごく仲の良かった子にある日、

「小さい時にかわいいと大人になったらブスになるんだって。

だから私はブスになるかも。

パナリちゃんは良かったね。」

と言われて、まだ自分がかわいいともかわいくないとも意識しない年頃だったので、「私はブスなんだ」ってとっても傷ついて、それからかわいいものやキャラクターものは自分に似合わないと避けてきた気がする。

ふたり姉妹の長女だったから、お揃いの服以外は色違いで私が青、妹は赤と決められていたのも、女性性が閉じてしまった原因なのかもしれない。

そのころの写真を見てみても、そんなにぶさいくではないのだけど、子供の頃の一言って自分でも知らぬ間に心の奥深くにとげのように突き刺さっているのかもしれないな。

今、子供のころに遡っていろいろと思い出して解放する作業をしていると、「だからこうだったんだひらめき電球」ってわかって納得する。

子供のころにどんどん戻っていくと、風邪ひいたときに胸に薬を塗ってくれた冷やっとして気持ちよかった手のひたの感触とか、保育園の時にフエルトで作ってくれたお家のアップリケのついた大好きな手提げバックや、手編みのセーターや花柄のワンピースだとか、母が作ってくれた洋服や小物の数々を思い出す。

記憶というのはなくなるのではなく、頭の中にあるたくさんの引き出しにひとつひとつ大切に仕舞い込まれて、何かの拍子にポンと飛び出るのかもしれない。

心配性の母に、あれは危ない、これはだめと言われて、「良かったね」と褒めてもらった記憶があまりなくて、最初からあきらめたり我慢するくせがついて、あんまり甘えさせてもらった記憶がなかったのだけど、たくさんの手作りの洋服や小物で、愛されていたんだなあって実感できた。

前に何かの本で、父親のことが許せなかった人が、子供のころに父親の胡坐の中におさまって笑っている写真を見てすべて許せたと書いてあったけど、してもらったことって当たり前すぎて案外と忘れてる。


ボイジャータロットリーディングをさせてもらったり、人と話していると、結婚感とか恋愛とか、子供や恋人や他人への接し方、思い込みとか、魂のクセなど、案外子供のころの出来事がトラウマになっていることが多いことに気づく。

だいたい、親との関係が多い。

人は、自分がされたことしかしてあげることができないから、両親の生い立ちまで遡ると、はっと気づくことがたくさんある。

それがわかる人は、そこまでさかのぼって行って解放してあげると、ずいぶんと楽になると思うよ。

許すことができると、少しずつ身軽になってくる。


先日、ピグの部屋で模様替えをしていると、突然女の子が現れた目

彼女は、前のブログ に時々月のことを書いたときにコメントをくださった方で、ハンドル名に記憶があったし、なんとなく好感も持っていた。

ちょうど外出する用事があったのであいさつをして別れ、夜に自分のピグの部屋から彼女の部屋に入ってみると在室というものすごい偶然の巡り合わせキラキラ

椅子をすすめられて隣同士に座って、チャットもほとんどしたことがないのでついつい文章が長くなってしまい、打っているときに向こうから入ってチグハグな会話をしているうちに、やっと一行ずつ打っていけばよいのだと気が付いて、それからはやっと意志の疎通ができるようになった。


はじめてなのに、全然違うところに住んでいるのに、会ったこともないのに、違和感がなく、今まで知っていたような気がしてものすごく不思議。

お隣の家の人にだって、数週間顔を合わせないことだってあるのにね。

なんとなく、彼女は私が通ってきた道を今経験しているような気がして、さりげなく聞いてみた。

ああ、やっぱり。

なんだか妹みたいで親近感を覚えて、こうしてあげたい、ああしてあげたいとか、抱きしめてあげたいな~なんて思ったのだけど、でもピグは子供どうしなのよね(^_^;)

気が付いたらとても長くお話ししていて、部屋を後にしてもしばらく心が温かかった。

こういう世界って今まで敬遠していたけれど、なんでも経験してみなければわからないものだわ。