午前中、義母の施設に面会に行ってきた。

通り道で、先週まで咲いていなかった梅がほころびかけていて、夫に

「ほら、梅が咲いたよ。」

と教えてあげたら、

「ああ」

とひとこと。

「ねえ、季節の移ろいを楽しもうよむかっ

梅は一年に一度しか咲かないんだよ!!


最近、初めてサロンにいらっしゃるお客様にも、久しぶりに連絡をくれた友達にも、

「なんだか今パナリさんだと思って」

と言われる。

それもひとりやふたりじゃなくて、今私に何が起きているのか、さっぱりわからない汗

わからないけど、ここ数週間で人間関係は確かに変化した。

初めての出会いや、前から知っている人でも急速に親しくなったり・・・ひとりひとりと深い話をしている。

もともと縁が深かった方たちなのかもしれない。

旧暦の新年当たりからエネルギーが変わるらしいのだけど、その影響なのかしら?

大切な人が増えている。


最近、1度会っただけなのに、何度もメールのやりとりをしている人がいる。

彼女は今の状況を淡々と書いて、別に私に頼っているわけでもないのだけど、「ここの意識をこう変えたらもっとよくなるよ」というようなことを、どうしても伝えたくて、書こうか書くまいか迷って、何度も読み返して送った。

送ってから、余計なことをしたのではないかとか、おせっかいだったんじゃないかとか・・・

彼女のことほとんど知らないのに、軽々しくメールを送ったりして、もしかしたら傷つけてしまったのではないかしら。

でもなんだか放っておけなくて。

たぶん前世で私の妹だったのだと思うけど、私の中では確信に近いのだけど、別に特別な力も何にもないのにそんな根拠もないことを言えないし・・・

と、数日間ひとりで後悔して紋々としているところにメールが返ってきた。

高熱で寝込んでいたそうだ。

「ぜんぜんおせっかいだと思ってもいませんから、気にしないでくださいね」

と。

良かった。

「傷つけたんじゃなかったんだ」と、ちょっと安心して泣けちゃった。


直に会って話すのと違って、メールって顔が見えない分難しい。

「こうしてあげたい」って気持ちが、素直に伝わるかどうかわからない。

手紙は、字から気持ちが伝わる。

書かなくても、普通に付き合えばいい。

でも、これからの人生うわべだけの付き合いの人は要らない。

自分の中のささやかな情報の中で、「これがあなたに良いと思う」という情報があったら、言わないで後悔するよりも、言ってあげたい。

選択するのは本人だし。


気心が知れている友達にはバンバン言うし、打ちひしがれたときにだけ私を思い出して電話をかけて会いに来る後輩や、落ち込んだ時に私に意識を飛ばして、なんだか顔がやけに浮かぶから、「今ヘルプ出したでしょはてなマーク」って聞くと、「わかったあ(^^ゞ」っていう友達もいて、これは長女だからなんだろうなあと思う。


私って、おせっかいなのかなって考えたら、母がそうだった。

娘としては時には口出しがうっとおしいけれど、でも面倒見が良いのでみんなに慕われている。

母の母も戦時中は貧乏な人も多かったので、道端でひもじい思いをしている人を家に連れてきてご飯を食べさせていたそうで、遺伝もあるのかな。

でも私は、親切とおせっかいの境目が未だによくわからない。

わからないけど、頼まれてもいないのに気になって、なんとかしてあげたくなる。

むずかしいね。

自分がされてうれしいことをしたい。

自分がされて嫌なことはしないつもりだけど、基準がそれぞれ違うじゃない?

その人を思う気持ちが本物だったら、大丈夫なのかな?