学生時代の友達から久しぶりにメールがあった。
同級生のお父さんが亡くなったとの知らせ。
一斉メールだったので、すぐにメールを受け取った友達から電話があった。
彼女は両親をすでに亡くしているので、「うちのときはもらっていないから・・・」と言う。
学校を卒業してから長年経っていると、自分のところが亡くなっている場合はもらっていないのに香典を出すと相手が困るんじゃないかとか、まだ元気でも亡くなったときに知らせるだろうかとか、香典持っていったら相手も気にしてなきゃいけないからかえって迷惑なんじゃないかとか・・・いろいろと考える。
学生時代は仲の良いグループというものがあって、グループの集まりの時だけしか会わない友達と、個々でも会う友達との二通りあって、ふだん年賀状だけで個々のつきあいがないと、どこまでしていいのかなっていうのがあって、なかなか難しい。
で、久しぶりに学生時代に仲の良かった3人と連絡を取り合った。
何年経ってもちゃん付けやニックネームで呼び合うと、学生の頃に気持ちが戻れるのはうれしい。
最近横浜の友達 とは会っているのだけど、富士宮に住んでいる友達は誕生日に梅の花 を贈ってくれたので電話で声を聞いて、清水に住んでいる友達は去年琵琶の演奏会 で数年ぶりに会った。
でも電話だと4人で話をするわけにはいかないから、いちばんみんなと連絡を取り合っている私がそれぞれの近況報告を伝える。
学生時代の友達とはそれぞれの家を行き来してお互いの親兄弟も知っているので、「お母さん元気にしてる
」などと近況を聞きあったりするのだけど、気がついたら両親ともそろって元気のはうちだけになっていて、それも寂しいなあと思った。
4人で会ったのも、確か誰かの結婚式でそれ以来会っていないかも。
次が誰かの親のお葬式で4人顔を合わせるなんてことになったら、寂しいねという話になった。
ほんとうにそうなんだよね。
「パナリ、セッティングしてよ。」と言われて、このメンバーだったら幹事役は私しかいないから、なんとかしないとなと思った。
そうやって強引に決めないと、いつかは誰かが欠けてしまうのだものね。
久しぶりにみんなの声を聞けてうれしかったけれど、なんだか少し寂しくなったのは、そういうことを考える年代になったからなのかな・・・