こんにちは。
私、ずっと幸せになりたいと思っていました。
すごく元気がなくて、弱っていたときほどそう思っていました。
その頃の「幸せ」の定義は、
「元気ではつらつ」でしたが、
その頃の自分とは真逆だし、ちょっと幼稚な感じもします。
その定義だと相当苦しくなります。
実際そうでない私は、私はもうだめだみたいな気持ちになりました。
そういうときは、定義を変えればいいんです。
「幸せとは、どんな自分もそれでいいと認められること」
だとすれば、
ぐちぐち悩んで、うつうつとしてる自分も今はそれでいいということになります。
「元気はつらつ」は、幻でした。
世の中で良いと言われる人間像に過ぎませんでした。
幻と比べて自分はだめだと思ってしまうことが私はよくあります。
端から見て幸せに見えるかどうかを非常に気にしていたこともありました。
まあまずまず幸せそうに見えていたときもあったみたいです。
でも、私はお酒がないとなにもできないくらい気持ちが落ち込んでたわけで。
外からどう見えても結局たいしたことじゃないんですよね。
以前先生に、
「ホームレスになっても、わたしはこれでいいと思えるようになるのが目標」というようなことを言われたことがありました。
(ちょっとちがう言い方だったかもしれないけど意味的には)
その時、それは無理じゃんと思いましたが、
究極、ものすごく極端に言えば、
そういうことです。
自分が自分をどう思うかだけが重要なんですね。
「それは無理じゃん」と思うのは、昨今世の中に蔓延る「自己責任」という、とても厳しい考え方を私が持っているからだと思います。
不幸になるのも、
お金を稼げないのも、
自分一人の責任で、
努力が足りないからで、
文句をいうのは筋違いだ、みたいな。
そんなふうに、人にも、ましてや自分自身で自分を責めてたら、良くなるものもならなくなる。
自分で自分の道を閉ざしてしまう。
それで苦しんでいる人が、たくさんいる気がします。
あんまりにも「幸せ」にならなきゃいけないなんて思うのも変な話で、
「不幸」でもかまわないよね、なにか無理しなきゃならないなら。
と、思ったりします。