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神経症でもケセラセラ

神経症気質をもつ30代女性の、人生の記録。神経症発症からすでに14年。これまでの出来事と現在について。

公務員試験がだめでも、やってみたい仕事があって、それだと国家資格も経験をつめばとれるし、その先にとれる資格もあるし、自分の勉強頑張り次第で給料アップをみこめるとわかった。


私が、人並みの給料、年齢にみあった給料をもらえるようになるとしたら、その仕事しかもうない。


それを考えるようになって、未来に少し光が見えて、気持ちが少し前向きになった。

自分でももしかしたら敗者復活できるかもしれない。

仕事も結婚も両方だめなゴールじゃなく、仕事だけでも手に入れられるかもしれない。


でもこれって、今の現実からの逃避的考えではないかと思うととてもこわい。

本当の自分はこんなもんじゃない、本当の自分は別にいる、本当の自分さがし。

ここにいる自分をスタートにしてない。


今考えていることは、公務員試験からの逃げや、今の自分からの逃げでないかどうか自分ではわからない。



でもその仕事がもし続けられるなら、今の仕事が終わった後も収入は確保できそう。

そう思ったら、一人暮らしが視野にはいってきた。

今実家で飼ってる猫もできればつれていきたい。

でも、今考えてる仕事につくなら、車が必要になるかもしれない。

お金がたりない。


一人暮らしできたら、何か変わると思う。

実家にいて、無意識に感じていたことから解放されたら、もしかしたらもっと自由な考え方ができるかもしれない。

いい意味でも悪い意味でも、もう自己責任だから。

呪いの言葉から、自信がなくなり、うつで仕事をフルタイムではできない時期に、ニート呼ばわりされたことが、自分の中ですごく大きな出来事だったと気付いた。

初対面の人にそう言われたことで、自分ははたから見たらニートにみえるんだと思い、そういうものがにじみでてるんだと思うようになり、人にどう思われるかどうみられるかがいつも気になるようになった。自分の未熟さや、経験の少なさが、何もしなくても私の表情やしぐさやふるまいで全部ばれてるんじゃないかと、思うようになった。


そこから、何かあると全部、そのことと結びつけるようになった。

相手が何か変な感じだったら、私が年相応の振る舞いをしていない変な人間だからあんな顔したんだとか、あんな対応されたんだとか。普通の人と何か違うと思われることがいやで、そればかりに重きをおくようになった。


ニート事件も、呪いの言葉事件も、あんまり人に共感された経験がなかったかもしれない。

しかるべき人に話すならこんなに楽に話せるんだと思った。

これが友達ならこうはいかない。


私は友達に相談することは、絶対的にいいことだと思っていた。

でも、医者にもカウンセラーにも言われたのは、それがあだとなることもあるということ。

とくにうつの最中などは、相手のよかれとおもってしてくれた親身なアドバイスも、逆効果だったりする。

私は、うつになるまでは両親とは仲が悪かったから、何かを親に相談したことはない。

本当に深刻に悩んでいても、その相談相手はいつも友達。

だから、友達に相談することはいいことなんだと思っていたし、対処方法としては正解だと思っていた。


最近たしかに、将来のことでなやんで友達に相談したりしても、結局解決しないし逆にもやもやしたり、友達に反発心が芽生えたり、そういうことが増えていた。

そのことでも自分を責めてもいた。相談にのってもらって親身になってくれたのにこんなこと思う自分って最低だなと。そして同時に、友達に相談して解決しないなら、もう無理だと絶望的な気持ちにもなった。


でも、相談が必ずしもいいことではないと聞いて安心した。これは間違ったことではなかったのだと。


友達に対して、年齢的に、敵対心が芽生えてきたことも関係あるのかも。

敵対してる人の意見なんて、あんまりすっとは受け入れられないもんね。

だから、医者とかカウンセラーとか親とかの意見ならすんなり聞けるのかも。

年齢に応じて、相談する相手も変わるんだなと思った。



とにもかくにも、転院して、今の先生になってほんとによかった。もっと早くに出会いたかった。

そして、カウンセリングも受けてみてよかった。これももっと早くから受けてみたらよかった。