前投稿記事「お知らせ」の中で少し触れた「手作り石けん」について。

 

 

↓この本を友人から貸してもらって、どっぷりハマりました。

(お風呂の愉しみ)


 

 

同じく前田京子さんの本。この本には、油や苛性ソーダの配合なども詳しく書かれてあります。

(オリーブ石けん、マルセイユ石けんを作る)


この本は紙の方が良いと思う(私の個人的な意見)ので、上記Amazonで購入される場合はKindle版(電子書籍)か単行本(中古)かを御確認なさってください。

電子書籍版(楽天kobo)へのリンクも貼っておきます。


 

 


(石けんのレシピ絵本)

これも前田京子さんの本。透明石けんの作り方が載っています。

この本に載っている石けんレシピの半分以上を作るほど、ハマっていました!

 

 

TAOさんの石けん・手作り化粧品の本も、何冊か購入しました。

 

 

 

 

 

 

 


突然ですが、個人のブログサイトを開設しました。

こちら↓

ぱんのこ。トップページ



理由は、元オットの悪行(ワイセツ行為、DV)を記述していくにあたり、エグい表現が出てくるかもしれないと考えたからです。

アメブロさんの規約に、
第13条(禁止事項)
(1)良識に欠けるものや品位に欠けるもの

というのがあります。

そもそも元オットの数々の悪行は品位が無いので、Amebaブログの内容としては適していないかもしれません。
(まあ、大丈夫だとは思うのだけれど、ブログを突然削除されるようなことがあると悲しいので。)

元オットからのDVを記述することになる結婚生活編あたりから外部サイトに移動させたほうが良いかもなぁと考えつつ、まだ先のことだと思っていました。

が、先日、1-1⑨(ファーストキスは…)を書いていて、あまりにもキモいので、これはマズイかなと思いました。

次回の、中学時代にワイセツ被害を受ける内容の記事(1-1⑬)から、個人ブログへ移動させることにします。


エロ小説を書いているワケではないので、できるだけドライに書いているつもりですが、あまりにもアッサリ過ぎると、本ブログの目的を果たせないかもしれません。
本ブログの目的は、はじめに(12)に記しましたが、一部再掲すると

・私のトラウマからの解放
・私の体験を記述することで、世の中の人々への注意喚起とする
です。
ドライに書きながらも、できるだけ具体的に記述していくことを心掛けています。
平和な日常生活の中に、善人の仮面を被った犯罪者が何食わぬ顔で潜んでいるかもしれないという危機感がうまく伝わると良いのですが。。。


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個人ブログサイトを開設するにあたって、自分のAmebaブログを読み返していたのですが、
私の文章、めっちゃ暗いですねーーっ。

わ~~ん、暗いよ~~ せまいよ~~ こわいよ~~
(面堂終太郎って、3巻からの登場なのですね。意外と遅くてビックリ。)
 

(うる星やつら3巻)


 

 

性犯罪やDVという、内容がヘビーなので仕方がないとはいえ。

もともと私は脳天気な性質だったと自分で思うので、暗いことを考えている自分がイヤになってくるというか、
脳天気な自分とどんより暗い自分のギャップに苦しくなってくるというか。

(脳天気だったから、18歳で親の支援がなくなってしまっても、「なんとかなるかなぁ~。なんとかして生活していかなきゃな~。」なんて、ノホホンと考えることができたと思うの。)

じゃあ、暗いことを考えずに、明るく過ごせばいいじゃん!ってことかもしれないけれど、
はじめに(1)体調不良について」にも書いたように、明るく前向きに過ごすことを心掛けて生活してきても、20年以上の体調不良は改善しなかったので、

今までのやり方だけではダメなんだ‼️、と思い、自分の心の中だけに留めてある過去のトラウマを吐き出すことに決めたのです。
 

 

などにも、記しています。


婚姻中に謎の体調不良を発症(20年前)し、当時も、以前の「元気」を取り戻そうと、いろいろ試した。
発症前は(も)、フルタイムの仕事や子ども達との時間、そして常にオットの機嫌を伺うという生活に負われて、自分の為の時間はほとんど作ってこなかったので、自分の好きなことをする時間をもっと作ったほうが良いのかな、と考え、
調子の良い時は、元気だった独身時代に倣って、朝にジョギングしてみたり、放ったらかしにしていた刺繍を再開してみたり。
当時、石鹸作りにハマって、ひたすら作り続けたりもした。
(離婚裁判の本人尋問で、元オットは「妻の鬱はものすごく自分勝手で都合の良い主張」と述べている。私が鬱症状を克服しようとアレコレ考えていろいろと試し、苦しんでいたことに寄り添おうともしない元オット。)

 

手作り石けんについて


 

石鹸作成だけじゃなくて、食事療法や冷えとり等々、

この20年間、ほんとうに、いろんなことを試した。


 

この2年、引きこもっている間も、すこし調子が良くて動ける時はお菓子を作ってみたり、手芸をしてみたり。

 

The Artist's Way(邦題:ずっとやりたかったことを、やりなさい)という本をたまたま見つけて、

モーニング・ページやエクササイズに取り組んだりもしてみた。

 

 

 

 



でも、数日経つと、やっぱり動けなくなる。。。


・・・前向きなだけじゃ、ダメなのかもしれない。

そこで、上述のように、今まで避けてきたことを試してみようかという気になった。
避けてきたこと=「過去を振り返って、きちんと過去にする」
苦しい過去を思い出すよりも、楽しく明るく過ごすほうが、気持ち的にラクだったから、ずーーっと避けてきた。
意識的にも無意識的にも。


そんなワケで、
40年間かたく閉じてきた殻をこじ開けてみることにした。
私の被害を世間に公開することで、社会への警鐘として貢献できるかもしれない。

被害者が声を上げていかなければ、誰にも届かない。
私がこのまま黙っていると、元オットの悪行が永遠に闇に葬られてしまう。
はじめに(0)にも記述)


私は、元オットに人生を壊された。
中学時代に受けたV先生(後の元オット)からの性被害を、当時は恋愛だと思いつつ、疑いの気持ちもあった。
その12年後にVからの突然のプロポーズがあり、
ずっと心に黒々とトグロを巻いていたモヤモヤした不快感を払拭するために、熟考の末、求婚を受け入れ、交際0日で結婚したら、
払拭されるどころか、DVオットの暴力で心身がボロボロにになり、毎日怯えながらの結婚生活を送った。
結果、20年以上の体調不良を抱える羽目になった。
概要参照)


DVオットとの生活で、無自覚のまま日常的に生死の危機に曝され続けたので、体調不良が引き起こされるのは必至です。
母が、並の健康体で産んでくれたのに。
両親が、十分な教育を受けさせてくれたのに。
両親や周りの人たちから、十分な愛情をかけてもらったのに。


もし被害に遭ってなかったら、今頃は別の人生を歩んで、のほほんと暮らしているかもしれない、と思うと、かなり悔しい。
なんで、ターゲットが私なのよー!!??

でも、私が被害を免れていたとしても、別の女性がV(元オット)による悪行の犠牲になっていただろうと考えると、それはそれで、やるせない気持ち。複雑な心境になる。
性被害やDVの実態を知ることもなく呑気に平和に生活している間に、どこかの誰かが苦しんでいるなんて。

実際に被害に遭って実情を知ってしまった身として看過することができない。

性犯罪やDV、虐待、いじめなどの被害は、他人事では無い。
もしかしたら、何かの拍子に自分や大切な人に降り掛かってくるかもしれない。

魂の殺人は撲滅されるべきだ。
犯罪者は、正しく制裁を受ける世の中であってほしい。


以上の思いから、
しんどくても、全部書き遺すまでは、続けていきます。

ぱんのこ。メインブログ



Amebaブログも続けてまいります。
Amebaブログには、日常のひとりごと的なことを書いていこうと思います。
明るい話題を多めに。

今後とも、どうぞ宜しくお願いいたします。


一昨年に作った、編みぐるみ。
モデルは、ウチのウサーズです。




リアルウサーズ。



 

文中に、元オットの伯母や義姉たちのことをちらほら書いてきているので、登場人物紹介を更新しました。


そこで、元オットのお父様の亡くなられた時期が、私たち夫婦が結婚する、たった3~4ヶ月前だったことに驚きました。
私の感覚では、半年くらい経っていると思っていたの。

プロポーズの経緯は、概要に示していますが、

時系列を示すと、こんな感じ。

1月 交際もしていなかったのに、V先生(元オット)から電話でプロポーズされる。→きっぱり断る。
2月 お父様が亡くなられたらしい。
3月 Vから連絡があり、再度プロポーズされる。
→何度も断ったが、Vからの巧妙な弁による再三の説得が繰り返される。
4月 求婚を受け入れることにする。Vの母親や姉たちにご挨拶。
6月 婚姻届を提出し、V母と同じ敷地内の借家で、夫婦生活を始める。
8月 オットから顔をボコボコに殴られて、整形外科を受診。
8月中旬 結婚式・新婚旅行


思いっきり喪中じゃないですか!

確かに、結婚した年末、「喪中だから年賀状を書かなくていいよね。」と思った記憶はある。

プロポーズを受け入れてから、少し前にお父様が亡くなられたと聞いた。
(お父様の他界がキッカケで、自分(このときVは40歳)もええかげん身を固めなきゃ!って思ったのかな?)と考えた記憶もある。

それにしても、焦り過ぎじゃない?
お父様が亡くなる前後2ヶ月間にプロポーズって。。。
そして、ソッコー婚姻届を提出。。。

私からしたら、父親の喪中に結婚するなんて、ちょっと考えられない。
ずっと交際していたのなら、そういうこともあるかもしれないけれど。

ずっと交際していて、病床の父親を安心させたいっていうケースなら有りそう。
その場合なら、入院中のお父様のお見舞いや看病に行くだろうし。

でも、私の場合、Vのお父様が亡くなられていたことを聞いたのは、求婚を受け入れた後だから、お父様にはお会いしていない。

姑や義姉たちは、どう思ってたんだろ?
V父のお見舞いにも来なかった小娘との結婚話が急に浮上したことを。

私がお父様のお見舞いにも行かなかったこと、礼儀知らずだと思われてない??
→いや、闘病のこと全く知りませんでしたし、むしろ交際もしてませんでした!!


しかも、はじめに(5の追記)にも書いたように、姑や義姉たちには、「私のほうがV先生との結婚を強く望んだ」と思われていたようだから。


それだと、喪中なのに私のほうが結婚を無理強いしたみたいな印象じゃない?

濡れ衣やわ。


そもそも。
Vのプロポーズ→結婚の段階で、詐欺まがいやったわ。
口八丁で「見合いのつもりで結婚しようや」から始まり、
「オマエは、V【家】と結婚するんやない、オレ:VB(オットのフルネーム)と結婚するんや。」と私を説得しながら、
結婚後は、「【家】と結婚するワケやないって言ったけど、オレは長男やねんから母親の面倒を見ていかなアカンのは分かってたことやろ?」「母親(V母)のことは、好きな人の母親やと思ったら、大事に思えるやろ?」と話をすり替えていく。

↑コレを聞いた新婚当時、
(え? 好きな人?? 私、まだBさん(オット)のこと好きになってないけど?
好きになろうと努めてるところやけど。
Bさんが「見合い結婚のつもりで」って提案したやん。
交際ナシの見合い結婚って、結婚してから少しずつ好きになっていくもんちゃう?
そんな、結婚したからハイ好きになりました!って、すぐに好きになれるもんちゃうやろ?)
って思った。

その後、好きになるよりも怯える毎日だったから、結局、オットを好きになることは無かったけどねー。

むしろ、オットよりも姑や義姉たちのほうが、好きだと思えたな。


たぶん、元オットは、職場でも友達関係でも、そうやって口八丁のペテンで、生きてきたんだろうなあ。
職場での中学生も、オットの友達も、純粋な人がほとんどだろうから。

そして、たぶん、姑や義姉たちも、Vに騙されていた。
血のつながった家族なら、Vを信じたい気持ちが強いだろうし。

でも、姑・義姉たち、公立校の教育者ですよね?
教育者として、公平に判断することも大事じゃないですか?

教育者じゃなくても、身内の犯罪者をかばうのは、人間性を疑われることだと思う。


怒りでムカムカして、気分が悪くなってきたので、今日はこのへんで。


 

前回の投稿の「元オットがA愛児園(幼稚園)に通っていたこと」について、少し補足を入れます。

「悪ガキだったから、家から遠い幼稚園に通わされた」というV先生の発言に疑問を感じた時、1-1⑥で記述した手編みのセーターについての問答の時と似たような違和感を覚えたのです。

どうして、本当のことをストレートに言わないんだろう? と。

元オットは、こういう「含み」のあるような言い方をするヤツでした。
まあ、たぶん、本人としては、それがカッコイイくらいに思ってるんだろうけど。

当時、中学生の私の周りには、そんな言い方をする人間は居なかった。
そもそも中学生くらいの年頃って、素直で、直球勝負やん。
そりゃ、カッコつけたような言い方をする子も居たけれど、「含み」なんて無くて、分かりやすかった。

そんなワケで、V先生の「含み」のあるような言動は、私には未経験のことだったので、理解できなかった。
その「モヤっ」とした気持ちをどうしたら良いのか分からなかった。


今の私なら、そういう物言いをされると、友達や同僚などに対しては、冗談っぽく
「それ、ホンマなん? ちょっとよく分からないんだけど? もうちょっと説明して?」
って追及できる。
「何カッコつけてんのよ(笑)~?」
って言える。
元オット以外には、ばんばん言えるのに。
そういう普通の人達って、ちゃんと冗談が通じる人だ。
こっちがツッコんだら、てへぺろで返してくるような、愛嬌のある人たち。

でも、元オットは違う。
元オットに対しては、今でも言えないと思う。
怖いから。

おそらく、元オットは自分のほうが格上だと思っているから、私の冗談やツッコミを許せないのだと思う。

元オットは、まじで怖いんです。

はじめに(5の追記)に記述しましたが、「八重歯をわざと見せる作り笑い」が本当に怖い。



私は、大人になっても人間関係の駆け引きを考えるのは苦手で、誠意で対応していこうと思ってきた。
そのような直球勝負!の人間は、元オットみたいな「駆け引き大好き」なヤツと関わってはいけなかった。

いや、関わろうと思う云々以前に、教師として赴任してきたのだから、避けられない事故だった。
そもそも、27歳の年齢的には十分な大人が、中学生に手を出すこと自体が犯罪。
直球タイプの中学生に、「駆け引き大好き」なヤツが手を出すという計画的犯行。


教師としては、どうなんだろう?
私が生徒だったら、先生の指導もストレートであってほしいけど?
思春期の教育現場での人間関係(先生と生徒)は、心と心のぶつかり合いであってほしいと思うのは、やっぱり私の甘い考えなのかなあ。


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さて、先述(1-1⑪)のように、V先生(後の元オット)から軽食をご馳走になることも多かったのですが。



「先生(自分のこと)と会ってる時は、お金の心配せんでエエからな」と、2~3回、言われた。
車の中で。改まったような言い方で。

中高生なんだから、お金持ってないの、当たり前やん?と、違和感。
まあ、私の態度が遠慮がちだったのかもしれないけれど、「言い方」がナンカなぁ。
もっと別の言い方があると思うんだけど!
例えば、「子どもは、そんなこと(=支払い)、気にせんでエエの!」等とカラッとした言い方とか?
いや、向こうからしたら「付き合ってる」という認識だったみたいなので、子ども扱いするような発言は変か?
でも、私からしたら「先生と生徒」という感覚だったし、実際に子ども扱いされていたと思うし。

「お金の心配せんでエエからな」っていう言い方、なんか、貧乏人扱いされてない?



とにかく、当時、モヤっとしたの。


変な言い方するなあと思いながら、「・・・はい。」としか言えなかった。


元オットにしてみたら、35年も前の自分の発言など覚えていないだろうけれど、言われてモヤっとした側としては、違和感として、ずーーっと残ってるんです。ほんま、かなり、迷惑。


・・・結婚してからは、オット自身の見栄と贅沢のために、フルタイムで働くことを強要されたのは、はじめに(9-②)に記述しました。



 


いろいろ連れて行かれたけれど、基本的には人の少ないところ。
ドライブがメイン。

たまにバイクで出かけることもあった。
V先生は大きなバイクに乗っていた。この頃はナナハンだったかなあ。
バイク(自動二輪)の昔の免許は、排気量関係なく大きなバイクに乗れるのだと言っていた。

大体は、車でドライブして、山の中、波止場、墓地、などに車を停めて、のんびりする、というパターン。


いや、墓地に連れてかれた時は、びっくりしたよ。
昼間だからオバケとかは出ないかもしれないけど、いろんな人のご先祖様たちが眠ってらっしゃるところやん。
と、中学生くらいなら思うよね。
オバハンになった今でも、お墓は神聖なところだと思っている。
お骨は単なる物質でしかないけれど、やっぱりあの墓地のしんと静まり返った空気は背筋をしゃんと伸ばしたくなるというか、心洗われる場所だと思う。
そういう場所を逢引に使うなんて。。。どうなんだろう?

ウチのお墓のある(注)公営の墓地は、車で40分くらいかな。
まさか、お墓参り以外の目的(しかも、わいせつ教師に連れられての逢引)で訪れるなんて、考えたこともなかったわ。
V家のお墓は、車で10〜15分くらいの大きな霊園。
というか、逢引に使っていたのは霊園じゃなくて、その近くの斎場のほうの脇道だったかも。
車を運転しない中学生の私には、よく分からない場所へ連れて行かれてたというワケです。
注…ウチ(セキタ家)のお墓、今は別の場所です。婚姻中にオットの勧めで移動させました。結婚生活編で記述する予定です。


ドライブに行く時など、サングラスを渡されて、かけさせられた。
おそらく顔を隠すため。
→あまり見かけない車種だったので(1-1④参照)、車を見ただけでV先生だと分かるはず。。。


V先生は、トンネルの中などでサングラスを外す時は、ツルの部分を口で咥えていたなー。


私の父が入院している病院の近くに、広い公園がありました。
遊具などは置かれておらず、平日は人気(ひとけ)があまり無かったです。

V先生が「この公園、オフコースの『秋の気配』の公園に似てると思わん?」と言う。
♪あれがあなたの好きな場所 港が見下ろせる小高い公園♪
※注意 『秋の気配』の舞台、実際は横浜の公園だそうです。

(V先生はロマンチックな人なのかもしれん。。。私も合わせなきゃ)、と思いました。


また、Aコテージ(仮名)という、高台にある喫茶店に連れていってもらった時、
ユーミンの歌の歌詞、
♪ソーダ水の中を貨物船が通る♪
にピッタリだと思いました。

※注意 『海を見ていた午後』に出てくるのは横浜のレストランです。
歌詞の中に、店名も出てきます。
♪山手のドルフィンは静かなレストラン 晴れた午後には遠く三浦岬も見える♪

このAコテージ、ほんとに高台なので、車やバイクじゃないと行き難くて。
そばに、「サナトリウム」と書かれた建物があり、中学生である私は、(サナトリウムって何だろう??)と思いました。


サナトリウムの意味を知ったのは、ハタチを超えてからかな。

大学生になってから読書が好きになり、宮本輝さまの作品を読んで。



その高台のふもとのあたりにあるA愛児園(仮名)という幼稚園に通っていたのだ、とVは言う。
「家からめっちゃ遠いやろ?(電車・バスを乗り継いで1時間くらいかかったと思う。) あんまりにも悪ガキやったから、なんとかせんとアカンって心配されて、ここまで毎日通っとってん。伯母ちゃんに連れられて。」
と説明していたけれど、どこまでホンマなのか、よう分からん。
悪ガキやったら、なんで遠い幼稚園に通わなアカンのか、と疑問に思ったけれどツッコまず、「え~? 悪ガキやったん?」と楽しそうに応対した。

普段の私は、うるさいくらいの喋りだったのだけれど、先生と二人っきりになると、なぜか思ってることを言えなくなるのよ。
借りてきた猫みたいに。

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元オットの家の敷地内にある「幼稚園の跡地」(1-1③)、正しくは伯母の敷地、らしいです。

(もっと正しく言うと、伯母が地主から借りている土地です。)

なので、敷地内の幼稚園は、伯母が経営していたのかも?
そこらへん、説明してもらってないんです。
私が訊かなかったのもあるけれど、結婚してからも聞いていない。

で、その伯母が、甥であるVを片道1時間もかかるA愛児園に通わせていたということは、A愛児園の関係者だったのか??

結婚して7年半一緒に生活したけれど、オットからは、なーんにも聞いていない。
オットを好きになれなかったから興味が湧かないというのもあるし、DVが怖くて常に機嫌を伺っていたので、私からアレコレ質問するということが無かったのよ。


 


前回の記事(1-1⑨)、キモ過ぎます。

27~28歳の教師が13歳の女子生徒の指をぺろぺろ舐めて、口の中までべろんべろんって。。。
キモいです。

甘酸っぱい思い出になるはずのファーストキスが、まさかのべろんべろんだったことは、悲しくて恥ずかしくて、母にも友達にも言えなかった。

この「恥ずかしい」という気持ちは、自分が失敗して恥ずかしいとか、好きな子と喋るのが恥ずかしいとかではなくて、痴漢に遭ったときの恥ずかしさに近い。
ショックとパニック。
自分が汚されたという悲しみ。

小5の時に、痴漢に遭ったことがある。
昼間に友達と5~6人で遊んでいたとき。
中学生くらいの見知らぬ男の子が一人、自転車に乗って、私たちの傍を行ったり来たりしていた。
顔は細長くて、目がギョロッとしていて、浅黒い肌の色で、すごく細い体型だった。
外国人の血が混じっているのかな、とも思った。
身長は155cmくらいかなあ。
黄色いTシャツを着て帽子を被っていたと思う。
体格は小学生のようだけれど、知らない子なので、中学生かな、と。

30分~1時間くらいは、私たちの傍をうろうろしていたと思う。
私たちは、なんだろう?と思いつつも知らない子なので、あんまり気にせず遊んでいたら。

突然、自転車に乗ったまま、私たちが集まってしゃべっている所に近づいてきて、サッと私の胸を掴むように触っていった。

咄嗟の事で、私はびっくりした。
一瞬、何が起こったのか、分からなかった。
まわりの友達も、私と同じように混乱したと思う。

ヤツはどこかへ行ってしまって、二度と現れなかった。

友達が「ミヤコちゃんの胸を触っていったよね。」と言い、私は「うん。びっくりした。」と答えた。
混乱していたけど、友達に心配かけちゃいけないと思って、平気なふりをして遊びを再開した。
不安でドキドキして悲しかったけど。

この時も、母には言えなかったかも。

次の日、教室で、「昨日、痴漢を見たんだよ。」と明るく振舞っていたら、それを担任の先生が聞いていて、「ちょっとこっちに来て話を聞かせて。」と言う。
どういう状況かと聞かれたので仕方なく説明したら、先生が「え?あなたが触られたの? 「見た」んじゃなくて?」と言われた。
そこ、ショックだから、あんまり繰り返し言わないでほしいんだけど。という気持ちだった。

心の中では数日間ショックが尾を引いてモヤモヤしていたけれど、平気なふりをして何事も無かったかのように、いつも通りの生活をした。

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私の子供時代は、不審者っていう言葉も知らなかったし、防犯訓練も火災訓練しか無かった。

今は、不審者対応訓練も有るし、「不審者情報」を小中学校の連絡メールで知らせてくれるので、警戒できて有難いです。
(附属池田小の事件からの教訓ですよね。悲しくて辛くて、やり切れない思いの事件です。)
わが子たちにも、「ヘンな人に注意しなさいよ。」「女の子だけでなく、男の子を好きな変態も居るねんから、油断したらアカンよ。」「防犯ブザーの電池、切れてない?」等々、うるさいくらいにしょっちゅう言ってきました。


最近では、通りすがりの痴漢行為も逮捕されているみたいですね。
上記の私が受けた被害は40年以上前のことなのですが、警察に相談するべきだったのかなあ。
自分が子どもだったから、どうするべきか分からなかった。
今なら、泣き寝入りせずに、ソッコー相談します。

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嫌なことや悲しいことがあっても、自分はしっかりしてなくちゃ!と強がろうとするのは、普通のことだと思うのだけど?

被害に遭った時だけではなくて、父が末期癌で入院している時も他界した時も、母の余命を宣告された時も死去した時も、私は大丈夫なフリをしていた。
自分が崩れちゃいけないとか、周りに心配かけちゃいけない等といろんな思いから、そうした。
母方の伯母や従姉は、母の思い出話をしたいみたいだったけれど、私は素っ気ない返事をしたり話題を変えたりしていたのは、心の奥に抑え込んでいる悲しい想いが増殖して表面に出てきてしまうのを避けたかったから。
伯母や従姉は、私のことを冷たくてドライな子だと捉えていたと思う。

伯母は思い出話をしながら涙目になったりして、自分の想いを人に語ることで悲しみを浄化させようとする人なのだろう。
故人に対する想いの処理の仕方は、人それぞれだと思う。
私は、父母との思い出や彼らに対する自分の想いなど、自分の心の中に大切に仕舞っておきたい。

でも、世の中、言ったもん勝ち、大きな声を出した方が有利なケースが多くて、イヤになっちゃうヨー。


 


その時、私は、V先生の車の助手席でマクドナルドのポテトを食べていた。
夜だったから、多分、部活が終わってからのドライブだったのだと思う。
場所は、山の中の車道から少し脇に逸れて車を停められるくらいのスペースがあるところ。
二人きりのデートの時、V先生は、そういう人気(ひとけ)のないところに車を停めて、シートを倒してのんびりすることが多かった。
その横で私は、「マクドナルドのポテトを食べた後に、指に付いた塩気を舐めるのが楽しみやねん。」と無邪気に喋りながら、またパクパクと食べ続けていた。

V先生が急に私の利き手の手首を掴み、私の指を舐めた。
(えっ!私の楽しみにしている塩気を! 何すんのん?)と思ったが、咄嗟の事で、何て言っていいか分からない。
それまで、人に指を舐められるという経験が無かったので、混乱したのだ。
V先生が私の指をぺろぺろと舐めているのを、呆然と見ていた。

すると、V先生は顔を近づけてきて、私のほっぺたまでぺろぺろと舐め始めた。
私が(顔にまで塩気ついてる?)などと混乱しているうちに、私の唇まで舐め始めた。
(えーーーっ)と思ったが、あっという間にファーストキスを奪われてしまった。
しかも、そのまま、私の口の中に自分の舌をべろんべろん入れてきて、気持ち悪い。
キスをされながら、助手席のシートまで倒されてしまい、重くて抵抗できない。

ポテトを食べながら楽しく喋っていたはずなのに、Vの奇襲で私は黙り込んだ。
それが終わってからも、固まってしまった。
かなり混乱していて。
助手席でうずくまって、じっとしていた。
(今のが、私のファーストキスだよね。。。思ってたのと違うけど。。。)等と考えていた。
夜空高くに月が見えていたことを憶えている。


それまでは、ファーストキスって、「バードキス」だと思ってたの。
というか、ディープキスの存在も知らなかった。

突然の交際している発言(1-1⑦)の時と同様、13歳の私には少女漫画くらいしか恋愛の参考にするものがない。

それも、チューしたりするようなマンガは私の好みじゃ無かったし。

少女漫画で描かれるファーストキスは、お互いが緊張しまくってて、鼻や歯をぶつけたりしてさ~~。
両目も口も固ーく閉じて。とにかく初々しいの。
読者も緊張するよ。


レモン味などと、よく聞くけれど、ホンマにレモンの味するんか?等と考えたりもしたことがある。

いや、心理的なもんでしょ、とは思ってたけど。
甘酸っぱい思い出、みたいな。


ファーストキスって人生の中でかなり重要なイベントだと思うのですが。。。
ファーストキスが想像していたような「バードキス」ではなくて、「べろんべろん」だったことがショックで、悲しい気持ちになった。
その悲しみは尾を引いて数年続いていたし、今でも悲しいことだと思う。
人生の中で一回きりで取り返しの付かないことなのだから。

レモン味どころじゃないよ。
Vの唇は分厚くて気持ち悪かったよ。
後味も悪過ぎる。

あーあ。
真っ当なファーストキスだったら、きっと、思い出してはドキドキしてきゅんきゅんするんだろうなあ。。。

これって。
Vは明らかに、中学生の健全な心の発達を阻害してるよね。
公立中学校の教師なのに。


さすがに母には言えなかったなあ。
それまでは何でも報告してきたけど。
文字通り、口を塞がれた、というワケ。


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Vせんせいは ミヤコのゆびを なめた!
ミヤコは あたまが こんらんした。

Vせんせいは ミヤコのゆびを ぺろぺろと なめている。
ミヤコは こんらんしている。
ミヤコ「ワタシの フライドポテトの シオケは?