先月バス旅行で寺社仏閣を巡る厄除け巡りをして参りました。この歳にしては地味な旅行かもって思いますが、行きたかったんですから行きましたわ。

知る人ぞ知る豊国神社を手始めに、岐阜の鄙びたお寺では法要と、それに合わせてたたかれる太鼓のリズミカルな音が胸に響きました。終わったら大根炊きのおもてなしです。出汁は昆布だけとのことですが、冷えた身体に染み渡りましたな。

昼はレストランで飛騨牛と近江牛の食べ比べ。しかし私たち一行が案内された時から料理が並べられていたので、どちらが飛騨で近江なのかさっぱりわかりませなんだどすえ。とにかく美味しおましたわ。レストラン向かいにある関ケ原の戦いの戦没者を慰霊するお寺ではかぶら知るが振る舞われ、併設の関ケ原ウォーランドには実物大の武将たちの人形が、関ケ原の合戦よろしく陣地に並べられてシュールな雰囲気を醸し出していました。石田治部や大谷刑部、宇喜多秀家に小西行長を応援してきました。

最後は在原業平縁のお寺でご住職の有難い長い長いお話をお聞きし、お汁粉を腹中に納めましてございます。

お土産として紅白タマゴ4個とカニ飯弁当までいただき、無事帰宅した次第にござります。

厄除けに行ったのか食べまくりに行ったのかわからん旅でしたな。

昨日夕方、法務局から検索用情報の登録手続きが完了したとのメールが届きました。これは父方の祖父が別荘として利用していた土地が立ち退きになる見込みで、その前に今回私が登記申請した土地を購入したものです。実際は立ち退きになったのが私が社会人になってからだったので、この土地を購入する必要はありませんでした。


遠方なので郵送での申請となり、少し前回の相続登記と違う申請様式でしたから、不安はありましたが、簡易書留が到着して一週間もかからずに完了となりました。これで不動産の相続登記を全て終えることができました。ネットを主体に、役所や司法書士の無料相談で最低限の費用での所有権移転登記ができました。


考えてみると、自分が2ヵ所の土地とひとつの建物を取得するにはいろいろな先祖が関わっていることがわかりました。

父方の祖父母が苦労して土地と新築の建物を購入し、父が建て替え、私も含めてリフォームをし、経済的には母方の祖父母にも幾ばくかの援助もしてもらったようです。

改めて感謝の思いを強くします。


しかしながら大変でしたな。

先程、自室のベッドをベランダにもって行き、暫く天日干し。ベッド周りの掃除を以て大掃除は終了となる。11月から少しずつ掃除を始めても今日までかかった。掃除は肉体的には良い運動になり、精神的にも達成感が味わえてとても良いらしい。


今年は給湯器の取替えからスタートし、テレビの分波器、電話のルーター、ガスレンジ、下水槽と経年劣化による取替えが相次いだ。まあガスレンジは15年、下水槽は25年は持つと業者は太鼓判を押したし、ルーターは無料だったので、よしとしよう。


名義変更の不動産登記を済ませて一週間した頃から、不動産業者から土地売却の勧誘DMが毎日のように届く。全く売却の意思はないので無視するのだが、今朝も一通届いていた。都合10通にもなろうかという多さに驚きを覚える。彼らにしてみれば我が家の土地なら2棟は家が建てられる目論見があるのだろうが、こちらにしたら仮に売却しても解体費用価格の上昇で、おそらく手元に残るのは3千万を下回る。それならば、この土地を残してくれた祖父に感謝しながら、家をきれいに保ち、しっかりと掃除して磨き上げ、気持ち良く住み続けること。これに優る幸福はない。と思う次第ですな。