こんばんは。
休職中で、実家に帰ってきてました。
今日初めて、というか十数年振りに
父とぶつかりました。
私は内心
「正社員のメリットは多いが、負担が大きい。
フリーランスの英会話講師/英語教師になりたいなぁ。」
と最近は強く思っています。
あまり人には言ったことがないのですが。
そして父とは
復職したら本社は移動になるといいね、
と話していて
本社での仕事はこういうことができるといいねとか、自分が働いてるわけでもないのに色々と言われました。
「こういう事業展開がいいんじゃないか。」
「でもそういうことが私はしたいんじゃなくて…」
「やったこともないのにやりたいかどうかなんてわからないだろう。やったことがないのにやりたいと思うのも多くの場合は勘違いだ。
次のそういう事業は若い人たちがどんどんやっていかないと。」
「そんな、君、25年しか生きてないんだから知らないことの方が多いんだよ?」
それに対して
「25年生きてきて知ってることだってあるもん。もう寝る。」
と言い捨ててその場を離れました。
言わずもがな、その後部屋で泣きましたが。
何に対しての涙なのか。
考えた結果
▶︎子供の頃の自分も何度か同じ思いをしていたのを思い出した感情。
▶︎結果を出さないとこの人は認めてくれない、という悔しさ。
▶︎親に理解してほしいのにされない悲しさ。
▶︎何も力がない自分に対しての非力さと虚しさ。
▶︎父が言ってることも一理あるからこそのしんどさ。
などなど。
父は自分が間違っているということを決して認めたくはない人で、プライドが高く、よく喋り、人の感情へ注目せず、相手の話を遮ってまで話すという癖があります(これは特に"論争"だと向こうが勝手に思った場合。私はただの話し合いというか相談のつもりでしたが。)
その後彼が電話をくれて、話をしていたらだんだん心も落ち着きました。
彼の方へ完全に傾くか、
両親の価値観を受け入れるかで
不安と迷いがぐるぐるとしていて苦しいです。
でも心は彼の方へ傾いてる
なんでここまでして自分の心を無視しないといけないのか
もう最近面倒くさくなってきました。
「生きたい」「したい」と思う
そのままの姿で在りたい。
それはそんなに難しいことなのでしょうか?
誰か答えを教えてほしい。
AESTAS.
