「凪待ち」のポスターのキャッチコピーにある「何故殺したのか?」という謎の答えは実は物語の中でははっきりとは示されない。物語の最初に郁男は川崎の印刷所を同僚と一緒に辞めるのだがその理由についても明示はされない(リストラという設定のようだが)。また、「キレやすい人みたいだけど、それ、生まれつき?」と問われるシーンがあるが、郁男の過去(多分、幸せではないということは自然と推察できる)についても謎のままだ。物語中では舞台が石巻であることもことさらには強調されない。




もしかしたら、分かりやすい謎解きや説明がないから話が煮えきらなくて面白くないと思う人もいるかもしれない。でもこれは全て意図的で、リアリスティックなストーリーでありながら抽象性を持たせ、一種の神話性を付与することによって物語全体の普遍性を高め、鑑賞者の(高次の)共感を得ることを目指しているのだと思う。そしてその意図はとても成功していると思うし、監督の言うように彼ら=我々の悲しみが大切な人やものを失った被災者の悲しみと通底していることを感じさせることにも成功していると思う。


観客は、社会や人間が持つ負の要素を煮詰めたようなアンチヒーローである主人公に強い反感を抱きつつ、一方でどういうわけか彼の幸せを祈ってしまう。「自分はあんな奴じゃない、絶対あんな奴にはなりたくない」と思いつつ、郁男の中に自分の影を見つけてしまうのでどうしても見放すことが出来ない。何度見ても本気でイライラするし何度見ても本気で哀れに思ってしまう。このあたりの人物造形は白石監督の十八番だと思うが今回も本当に見事である。
何度も見ていると、登場人物たちがつねにアンビバレントな思いを抱いていることが伝わってくる。例えば郁男は亜弓と結婚する覚悟を持てないでいるが、亜弓から「他人だから」と責められると激高してしまうほど「家族」というものへの思いは強く持っている。でも人間の思考や感情はそんなに簡単に割り切れるものではなく、矛盾が同居している状態こそ本当なのではないか。だからこそ見ている側は心を揺さぶられ、強く惹きつけられるのだと思う。


正直言って私はファンなので感動も10割増しぐらいだと思うしw、私が褒めちぎってもあんまり信用されないと思うけど、もしかしてこの作品は本当にすごい傑作なのではないだろうかと思う。本当に何度見ても飽きないし、何度見ても新しい発見がある。是非たくさんの人に見て欲しい。