テキサスで牧場を営むドイツ系移民の一家の物語と日本の歴史上のさまざまな登場人物のエピソードが交互に語られ、最後には交差するミュージカル劇。「歴史は因果の繰り返し」「あなたの悩みはいつか誰かが悩んでた悩み」というモチーフが物語の根幹に流れる。演じるのはたった7人、全員がメインの役から端役まで、舞台上の小道具の移動などもこなしながら超速早着替えで古今東西の様々な人物に扮して一瞬にして役になりきり歌い踊る様はまるでマジック。それだけでも第一級のエンターテインメントである。音楽も素晴らしい。






この作品は三谷作品としては王道っぽくない、実験的というか突飛な作品だし、スター俳優を揃えてやらせたいことをやらせてみた、という趣もなくはないのだが、実は意外と傑作なのではないかと私は思っている。「歴史とは何か」「物語とは何か」という根本的な問いを照射し、残酷な史実や「因果」という概念の持つニヒリスティックな部分も描き、しかし決して尖りすぎず、三谷作品らしい現状肯定的な温かさやオプティミズムも十分に表現できているからである。

歴史を語ることは難しい。歴史は基本的に勝者によって規定され語られる。歴史を学ぶことは、歴史を語るものの権力、歴史を語ることの暴力について学ぶことと同義である。この作品の中にもある通り(平清盛、源義経、相良総三…)、三谷作品には敗者の物語がよく登場する。それは大文字の歴史に対するアンチテーゼであり、演劇の存在意義そのものを体現しているといえる。しかしその物語も誰かの意思やイデオロギーと無縁ではない。かと言って私たちが歴史を語ること抜きで生きることはとても難しい。歴史という営為は権力者によって語られ教科書に書かれるためだけにあるのではない。私とは誰か?私はどこから来てどこに行くのか?その根源的な問いに呼応して生まれた営為なのだ。「あなたたちのひいお爺さんクラウスがニューヨークの港に到着したのは…」とはじまり、作品を通じてシュミット家が歌い継ぐファミリー・ヒストリーの物語、あれこそが歴史という営為の根源であろう。この作品は、歴史好きの劇作家である三谷さんが、歴史を語り物語を紡ぐことの罪深さを知りながら、歴史や物語なしでは生きていけない人間の業をささやかに寿ぐことに成功した作品ではないかと私は感じた。また、最初は何の関係があるのか?と思っていた日本の歴史とテキサスの移民ファミリーの歴史が第二次世界大戦の戦場で交錯する時、悲劇的な結末でありながら、歴史上の有名な人物も、歴史の教科書には出てこない名もなき移民のファミリーも全てはつながっているという巨視的な観点が提示され(日本兵の最後の台詞の変更によってより分かりやすく表現されている)、そのスケールの大きな視点の提示によって観客にカタルシスを感じさせることに成功しているとも感じた。初演では、あの頃芸能人生を奪われそうになっていた香取慎吾に歌い踊らせて感動を呼んだ「人生で大事なことは 人生で大事じゃないこと♪」というあの歌が今回、コロナ禍の劇場で歌い踊られることにより奇しくも危機の時代のエンタメ賛歌としてピタリとハマる名曲となり、カンパニーの力強いマニフェストとして胸に響いた。





初演では川平さんがミュージカル俳優としての実力と豊かな表現力で作品の基礎を支えていた。完全に宛書きされ、初演キャストが見事に演じた役を再演で演じるのは大変な重荷だったと思うが、瀬戸くんはとても芸達者でカンパニーに溶け込み、川平さんにはない魅力を持って奮闘していた。超可愛らしくて女性役や子供役がめちゃハマっていたけど、ミスマッチのおかしみが失われて笑いどころが減っていたのが難点なのではと思う。w
宮澤エマさんは初演より役者としてのキャリアを積んだからか、自信を持って堂々たる演技を見せていた。初演の時にはまだ体現しきれていなかった平清盛のキャラクターを再演ではとてもチャーミングに表現していたし(あの平清盛のキャラを掴んでいたという褒め方も変だがw)、パットの溌剌とした少女期から苦難の末の老年期までを見事に演じていた。シルビア・グラブさんの明るさやパワフルさはこの作品の根幹にあるオプティミズムを体現していたし、普段歌わない俳優やユニゾン中心のアイドル出身の役者が多いカンパニーにおいて音楽的にこの作品の質をしっかりと支えていた。秋元才加さんは声も立ち姿も舞台映えする方で初演を見てとても感激したが、今回も凛々しい存在感でこの作品の骨格を見事に描き出していた。新納さんがこの作品で演じるキャラクターはどこか間抜けで弱気で愛らしい人物が多いが、初演よりも演技や演出が深まり、彼らのことをより好きになったような気がする。中井貴一さんは初演でまずこれだけ歌える人なのかと驚いたが、再演ではさらに軽妙なコメディからシリアスな悲劇まで、歌の中でキャラクターをより深く表現されていたように感じた。






さて慎吾くんについて。今回は、実を言うと川平さんが抜けて構造上貴一さんと慎吾くんの負担が大きくなっていると思った。単純にオブライエン家の歌唱技術面だけでない。初演は「本格王道ミュージカル」感+「プロの役者による学芸会」感のふざけたバランスがバカバカしくてちょうど良かったのだが、今回は川平さん不在により前者が薄まり、後者が強まってしまう恐れがあった。再演はおそらくそれを役者の演技力でカバーしようとしたと思われ、初演よりも全体的に「演劇」感が強まっていたと感じた。その中で慎吾くんも頑張っていたと思うし、明治座の成果か歌がとても上手くなっていたと思う。腰越状のシーンなど貴一さんと慎吾くんの演技は圧巻で、急に超早口の説明台詞&歌がはじまるが、あれを秒で成立させしかも見ている客を泣かすことができるのは、ハイボルテージをいきなりフルスロットルで出せる慎吾くんのパワーあってこそだと思う。しかし、私は香取慎吾は宇宙一の天才だと思っているので点が辛いのかもしれないが、今回全体的なバランスを調整した結果、慎吾くんがこのカンパニーにいる必然性が初演よりもちょっと薄まっているかなと感じた。もちろんこの作品には慎吾くんの為に書かれ、慎吾くんだからこそ演じられるキャラクターが満載なので、あくまで初演と比較しての話である。もっと慎吾くん寄りの言い方をすれば、川平さんくらいのアクの強さがなければ香取慎吾という強烈すぎる個性に対抗できないのかもしれない。(瀬戸くんが悪いとかじゃなく全体のバランスの問題ね)あと純粋に、演劇としてはトーニョが巨大すぎてwなんだかなと思った。私は慎吾くんがこれまで演じた役の中でもトーニョは一、二を争うほど素晴らしい役だと思っているが、私の中のトーニョはもう少しシュッとした感じの人なのだが。。。
と思っていたけど、シアタードラマシティの後方列から見ていて、もしかしたら慎吾くんが巨大なのではなく、慎吾くんにこの劇場が小さすぎるだけなのかもしれない。とも思った。ことを付言しておく。www

慎吾くんが舞台役者として恵まれた体格とオーラ、声量の持ち主であることは間違いないのでもっといろんな役を演じて欲しいし、今にして思えば新しい地図をはじめてすぐこんな素晴らしい作品&役に巡り会えた慎吾くんはめちゃくちゃツイてたんだなと改めて気付かされた。今よりもはるかにアンタッチャブル感が強かった2018年当時の慎吾くんをカンパニーに入れてくれた三谷さん&シスカンパニーさん&貴一さんに改めて感謝すると共に今後とも慎吾くんと新しい地図を何卒宜しくと平に伏してお願い申し上げる次第である。「日本の歴史」再々演も見たいし、三谷さんの他の舞台にも呼んで欲しいし、海外翻訳ものとかも見たいし、「きれいのくに」の加藤拓也さんの作品とかにも呼んで欲しいな(強欲ww)慎吾くんは健康に気をつけて末長くお元気でいてください。とにかく健康第一でよろしくお願いします。以上終わり。