友人の頼みでオンラインのグループに加入した。ある程度の人数を有するゲームをする為に集められたようだ。親団体のようなものがあって、その知り合いが集まり、またその子として加入した、と言う構図がある。要は人数合わせの末端のつもりであった。


 私の特性として、ゲームにのめり込むほど夢中になると言ったことは少ない。かつてそのような傾向を見せた時期はあったものの、今日いわゆる廃人と呼ばれるようなものと比べればお遊びであることに変わり無い。基本プレイ無料のゲームであれば課金はしないのが当たり前であった。


 もう一つの特性として、話をするのが好きと言うことが挙げられる。ただし、その相手は誰でもいいと言ったことはないのが難点であった。

 気の許せる相手、といった前提が付き纏い、自尊心や排他性からそう言った相手が見つかる事は少なく、それに適った者がそんな私を受け入れないと言ったことも決して少なく無い。


 しかし、オンラインのグループにそのような考えを持ち込まないことに成功した。

 前提として、Discordのサーバーでしか繋がっていない彼らとの関係はサーバーの脱退で簡単に断つことができる。

 また、画面の向こうで果たして存在していることの証明すらできない相手に対し排他性を抱く必要は毛頭無い。また自尊心もこの状況で持ち合わせずともいられる精神が私の中に育っていた。



 そんなわけで、まぁ人数合わせで入ってやろうか、くらいに思っていたグループでうまくやれているわけである。

 しかし、その関係も1ヶ月ほど経ち、変わりつつある。まず、Instagramのアカウントで繋がることとなった。Discordはゴリゴリの匿名で利用していたが、Instagramの記名性は対照的である。画面の向こうの彼女ら(女性の占める割合が大きい)の存在が1人の個人として特定された瞬間であった。ただし、インターネット上の付き合いであることが前提である為匿名性の高いROMアカウントの者も当然ある。

 程なくして、いわゆる「オフ会」を経験することとなった。通話中に気の合う者がたまたまそう遠くないところに住んでいたため出かけよう、といつたところである。突然話題に上がり、勢いで決行されたためごく限られたメンバーであったが、匿名であったはずの人間が確かに目の前に存在した。ただし、私は彼女らの名前は知らない。こう言った関係は現代であるからこそ、といったところであろう。実際に体験した感想に特筆するものはなかった。

 このとき、私の中の「サーバーの脱退で簡単に断てる関係」と言う前提は大きく覆っている。しかしながら不安を抱く事はなかった。