ミニカーでクルマを好きになるブログ

ミニカーでクルマを好きになるブログ

クルマ好きのミニカーライフ   (ミニカーをインプレッションします!)

コレクションの終活整理をしています。これ以上、増殖しないように、キャッチ&リリースの精神でミニカーの入れ替えをしています。それぞれのクルマの魅力をミニカーを通して感じてください!

シャシー#4088は1969年にミウラSとして出荷され1983年に外観をイオタスペックにモデファイする為に再びファクトリーに入庫したようです。このとき、リアカウル、リアコンビネーションランプはSVのものに変更されている。1986年にパトリック・ミムランの要請でランボルギーニ本社でミウラ・イオタSVJに改造されました。チンスポイラーの形状は他のイオタレプリカと異なる(SVRタイプ)のがポイントだ。その後、ランボルギーニ社の公式写真に正当な「ミウラ・イオタSVJ」として掲載されます。リアパネルのJOTAエンブレムはランボルギーニ社の公式写真時には付いておらず、後に再び取り付けられます。「イオタ」という使い方は日本独自のようで海外での会話の中では「ミウラ・イオタ」が一般的なようです。この#4088はエアーインテーク以外にリベットが全くなく、 通常の1つのワイパーが2つ。エンジンはアップグレードされドライサンプも使用されたという噂もあります。パトリック・ミムランがクライスラーに会社を売却した後、この車はスイスに出荷されました。


 

フェルッチオ・ランボルギーニが1980年に新車登録してから1993年に亡くなるまで所有していたカウンタックがあります。
1980年式のランボルギーニ・カウンタックLP400S シリーズ2です。1980年4月14日、このLP400Sは、当初の注文がキャンセルされたため、フェルッチオの親友であるランボルギーニの営業責任者が電話をかけてきて、フェルッチオに購入してくれないかと提案しました。 この車は元々赤色に塗装されていました。フェルッチオは車に赤が塗られるのが好きではありませんでした。新車で製造された時点ではレッドだったボディカラーは、『白こそがカウンタックに似合う色』というフェルッチオの意向ですぐにホワイトへと塗り替えられました。1980年5月に彼に納車されました。フェルッチオのLP400Sのボディはいわゆる『ローボディ』で、メーターが8連から7連へ変更されたほか、OZ製ホイールがマグネシウム製からアルミ製へ変更されています。フェルッチオの死後、娘のパトリシアが相続していたこのLP400S、前オーナーは2005年にランボルギーニ家から直接買い取ったと言っています。その後記録的な価格で再び売却され、イアン・タイレルが手に入れて少しリフレッシュされています。https://www.youtube.com/watch?v=xd8oPaZ9B5I