オンライン会議だと、目線を合わせることができない

 2年前にコロナ感染症が蔓延し始め、世界中が雪崩を打ってZoomやらWebexやらTeamsやらを使うようになって以来、おそらく何十億人ものオンライン会議利用者が遍く実感していることだと思う。

 ふつう、人は相手の目を見て話す。ずっと目を合わせているときまり悪くなるので、会話時間の3・4割はすっと目線をそらすとよい、と言われている。恋人同士なら100%ずーっと、じーっと見つめ合っていてもいいけれど(目をそらすと、返って「何か隠し事してる?」とか詰め寄られかねない)、ビジネス場面などでは、その時の話題や相手の性格によって適切な割合を(無意識のうちに)微妙に調節する。話し手1人に対して複数の聞き手という状況だと、また変わってくる。
 いずれにしろ、お互いの理解を深め合い、信頼関係を結ぶには、目線を合わせることがとても大切だ。

 オンライン会議だと、それができない。相手に「あなたを見てますよ」というメッセージを伝えるには、こちらが「カメラ目線」にならないといけない。すると、必然的に、画面上に表示された相手の顔を正面から見据えることができなくなる。「真ん中のオレンジの光を見つめながら、回りに出てくる光」を捉える視野検査みたいに、かろうじて「視野に入れる」しかないのだ。

 でも、先週、奇跡が起こった。

 あるオンライン研修中、ブレイクアウトルームで各自個人作業をやってもらっていた。作業の仕方で質問があれば、メインルームに戻ってきてください、と伝えたところ、セッション終了間際になって、Aさんがメインルームに飛び込んできた。
 ビデオOFFのAさんがチャット欄に書き込んだのは、作業方法の質問ではなく、作業の中で内省すべき自分自身についての“深い”質問だった。それは自分で考えてもらうしかない。質問を投げかける。答えが返ってくる。それに対してさらに質問。4回繰り返したところで、Aさん自身からするりと答えが導き出された。
 「その答え、素晴らしいです!」と書き送った瞬間、ブレイクアウトセッション終了。他の受講者が次々メインルームに戻ってくる。あちゃ。時間切れ。

 たちまちぽこぽこと20人以上の顔が映し出され、スクリーンが5×5に分割される。Aさんの顔は、その中のちっちゃな1コマに紛れ込んでしまう。
 それでもつい、左上の端っこにいるAさんに向かって、サムズアップをさし出した。
 

 「Aさん、今の答え、素晴らしかったよ」という気持ちを込めて。
 

 視界の隅に入った分割スクリーンの中の自分の顔は、当然「カメラ目線」ではない。左上に向かって、意味不明に親指を突き出している。

 ところが、左上に映ったちっちゃなAさんが、こっくりとうなずいた! 
 思わず微笑み、私もうなずき返す。
 5×5の他の顔たちから「なにやってんですか~?」的なオーラが立ち昇った気がして、慌てて「カメラ目線」に戻し、「はい、みなさん、おかえりなさい」と笑顔を向けた。

 受講者たちは、内省して出した答えをその後ブラッシュアップする作業に入り、最後にそれを発表した。Aさんの発表内容は、先ほどのチャットの答えに磨きがかかり、とても素敵なものに仕上がっていた。

 予定終了時刻を1分オーバーして、研修が終了した。
 オンラインだから、会議室から退出していく受講者たち一人ひとりと目線を合わせ、「お疲れ様でした」と声をかけることもない。受講者が、次々スクリーンから消えていく。Aさんがいつ消えたかは、わからなかった。

 でも、あの一瞬、通じ合えた、と思う。
 Aさんは、画面上では自分に目線を向けていない講師が、自分を見ていることを、ちゃんとキャッチしてくれた。他の人には意味不明のサムズアップを、しっかり受け止めてくれた。
 私の脳裏には、ゆっくり、しっかりうなずいたAさんの表情が、今でもくっきりと焼き付いている。