また緊急事態宣言が出た。感染者が増える一方の状況下、仕方ないけれど、飲食店への制限以外に、もっと根本的にやることがあるんじゃないか…とまあ、言い出したらきりがない…ので、このブログのテーマにはしない。
 会食制限はもとより、オンラインによるコミュニケーションはすっかり定着した…、かどうか、これをテーマにしたい。
 というのも、正直やっぱりオンライン会議やメールだけの意思疎通は難しいから。
zoomのURLをクリックして、「Zoom Meetingsを開きますか?」と訊かれるたび、どきっとして、一瞬「開きたくない」って思ってしまう。この緊張に、いまだにうまく慣れることができない。

 違和感の裏には、色んな心配が渦巻いている。
 「画面越しでも、こちらの言いたいことをうまく伝えることができるだろうか」
 「通信遅延のせいでお互いの言葉がかぶって、失礼なことにならないだろうか」
 「プレゼン資料ばかりに目が行って、相手の表情の変化を見落とさないだろうか」

 実際、本当の意味での『上手な意思疎通』は難しい。もっと言えば、「『上手な意思疎通』に失敗するリスクを冒す」ことへの不安が大きすぎて、余計に意思疎通がうまくいかなくなってしまうのである。
 でも、だからといって、できるだけリスクを冒さないように、ということばかり気にしていたら、本末転倒だ。
 当たり障りのないことしか言わないとか、言葉がぶつからないよう発言をできるだけしないとか、相手が眉を顰めないよう耳障りのいいことだけ言うとか。それでは本当にお互いが言いたいことを理解しあう「上手な意思疎通」から遠ざかってしまう。

 「上手な意思疎通」をするには、「上手な意思疎通」ができないかも、というリスクは覚悟の上で、思い切って言いたいことを口にすることが先決ではないか。その上で、もし「うまく伝わらなかったな」「言い方が悪かったかな」と思ったら、その場でも、あるいはzoom MTGの後でも、率直に訂正を入れてみる。
 「すみません、言い方が悪かったかもしれません。」
 「ちょっと言葉足らずでした。本当に言いたいことは…」
 「私が言いたかった要点は、つまりこういうことで…」
 素直に自分の失敗を認めること、「すみません」と口にすることは、案外難しい。でも、だからこそ、勇気を持って実行することは、貴重だ。


 相手が、別に「言い方が悪い」と思っていなければ、「そんなことないですよ」となるし、さらに「気配りしてるんだな」と好意的に捉えてくれるはず。もし本当に「口のきき方知らないヤツだな」「意味不明な説明だな」と思っていても、こちらから非を認めれば、「わかってるならいいのよ」となるにちがいない。
 もしも相手が「わかってるなら、そもそも、もっとちゃんとしろよ」とブチ切れたら、、、ちょっと悲しいけど、こちらの誠意が伝わらないんだな、と諦めるしかない。でも実際には、そういうケースに遭遇した経験はこれまでほとんどない。

 こちらからの率直な「(上手に意思疎通できなくて)ゴメンなさい」を誠実に受け止めてもらえると、すごく嬉しい気持ちになる。画面越しでも、なんとなく「つながった感」を感じることができる。

 そんなとき、今はムリだけど、コロナ禍が落ち着いたら、ぜひ一緒にご飯食べたいな、と思う。それは、勇気を持って素直に行動した自分への祝宴でもある。

 

 今は、そうやって、「一緒にご飯たべたい人リスト」を増やすことに、専念する時期だ。