ドラマーの村上ポンタ秀一氏が、日経夕刊の「こころの玉手箱」の中で、敬愛するジャズの帝王、マイルズ・デイビスのことを書いていた。マイルズと同じ空気を吸って、帝王も「同じおっさんだと分かったことが大きい」と結んでいる。

 それで思い出したのが、私の人生最高の「有名人と同じ空気を吸った」自慢話である。
 その有名人とは、世界一のお金持ちであるビル・ゲイツ氏。ソニーの頃、マイクロソフト社とのトップ会談に、鞄持ちで同席しただけのことだが、それが結構な回数にのぼった。ホテルのスイートルームで、先方の鞄持ちと4人きり、時には社長の代りに私が説明したりして、まあ、サシで話したことが何度かある、と言ってもウソではない。
 そのとき感じたのは、誠に僭越ながら、ポンタさんと同様「
ゲイツ氏もふつーの人だ」ということだ。
 否、正確には、普通ではなかった。アメリカ人なのに決して握手をしようとしないし、ほとんど人と目を合わせない。シャイだったのだ。でも、普通のアメリカ人とちがってちょっとシャイ、というところが、まさに「ふつー」だった。
 しかも、Eddie Bauerのポロシャツとか着ちゃって、その点は本当にふつーだった。

 頻繁にトップ会談を重ねていた頃、ゲイツ氏が結婚して、最新鋭のIT・AV技術をふんだんに盛り込んだ巨大な邸宅を建てた。あまりに広いそのお屋敷は、シャイなゲイツ氏が新妻とあまり顔を合わさずに済ますため、という噂が流れた。
 (一応)女性である私を前に、アサッテな方向をむくゲイツ氏の姿を思い出して、さもありなん、と思ったものである。
 そんなんじゃあ、私は彼とは結婚できないな。
 コトもあろうに、世界一のお金持ちを結婚相手候補として検討するなんて、失礼千万、身の程知らずも甚だしい。しかしそれはおそらく、実際に彼と接して、ふつーであることがわかっていたおかげだ。資産の過多に関わらず、同じ人間だ、と思えたからこそ、相手をむやみに祀り上げることも、自分を卑下することもせず、自分の価値観で判断しちゃったのである。

 最近、ますます声高にダイバーシティ経営の必要性が叫ばれている。
 ダイバーシティの第一歩は、平たく言えば、
個々人はすべて違う、という認識に立つことだ。その上で、違うことは違うけれど、やっぱり「同じ」だね、と思うことだ。
 
「同じ」人間どうし、「同じ」目的に向かって頑張ろう、という思いを共有できたとき、バラバラな個性を持つ一人一人が1つのチームとして一丸となって、その目的達成に向けて協力し合うことが出来る。
 私たちは、「自分と似ている人」と一緒にいるほうが安心できる。でも、「似ていない」「ちがう」と思う人とも、同じ空気を吸って、直接コミュニケーションすれば、共通点を見出すことは可能だ。
 ダイバーシティを本当に推進したければ、経営者も女性も外人も若者も、お互いを敬遠したり遠慮して距離を置いたりせず、膝詰で直接話をしてみればいいと思う。

 マイクロソフトを退任したゲイツ氏は、もっぱらビル&メリンダ・ゲイツ財団での寄付やベンチャー育成活動に忙しいらしい。メディアで、奥様とのツーショット写真をよく見かける。
 メリンダさんと並んで、少ししわが増え、ぴりぴりした印象が減ったビル・ゲイツ氏の表情を見るにつけ、いいチームだなあ、としみじみ思う。