私はふだん特に寄付などする方ではない。駅前でいっせいに声を張り上げて共同募金を募られたりすると逃げ出したくなるぐらいだ。あの強迫的な寄付の迫られ方は苦手で、どうせやるなら隅のほうでこっそりしたいと思ってしまう。

そんな私でも東北大震災の際には思わず寄付してしまった。と言っても何億と寄付した著名人の方から比べるとほとんど無意味と言っていいぐらいの金額ではあったが。

日本に比べ諸外国では寄付の伝統がしっかり根付いているという。富豪になった者は資産のうちのいくらかを寄付に回すというのはいわば当然らしい。ビル・ゲイツやマーク・ザッカーバーグがとんでもない金額の寄付をしたり慈善団体を設立したというニュースを覚えておられる方も多いだろう。

自分の手持ちのお金をきっちり管理するのではなく、そのうちの何%かは他者に還元しようという考えが浸透しているのだろう。チップというのもそこから生まれた習慣かもしれない。きっちり正確なお釣りをもらうのではなく、端数はチップとして渡す、社会に還元するということだろう。

発展途上国を旅していると物乞いの姿を目にすることが多いが、欧米の観光客がいくらかの小銭を与える姿をよく目にする。地元の人も比較的頻繁に物乞いに施しをしている。これも自分が持っているもののうちのいくらかを他者に還元していることになる。

日本ではお釣りは端数まできっちり返され、チップを請求されることもない。物乞いの姿を目にすることが少ないのも、そもそも恵んでくれる人がほとんどいないからなのかもしれない。

実際に寄付をすると勤務先の年末調整のほかに自分で確定申告を行う必要がある。まあやらなくてもいいのだが、確定申告すると支払済の税金のうちいくらかが還付されるのだ。

その手続きをしている最中に、寄付という行為は税金の使い道を自分で決める行為だと書かれた文章を目にした。なるほど寄付することでその金額分は自分が使ってほしいことにのみ使われ、一方で税金控除されるのでその分は国が勝手に決めた使い道には消費されない。

税金がどう使われているか不透明で、常日頃不満に思っている人は多いだろう。寄付という行為はこれに対するささやかな反撃になるようなのである。自分が社会的に大事だと共感する活動に対する投資、ひいては日本という国に対してこう進んで欲しいという投資と言えるかもしれない。