萬屋相談所の予約待ちもひと段落して5日ほど経った頃、以前一度やって来た「心」が、再びやって来た。


「すみません。以前来た者ですが、よろしいでしょうか?」


「はい。どうぞ入って」


浜田道登  22歳  神奈川県在住

東南大学法学部4年生

警視庁第1回採用試験 一次不合格


漠然と警視庁警察官になろうと思い一次試験を受けるが不合格となる。


「警察官は公務員試験の中でも簡単な方だからと安易に考えていて、あまり受験勉強をせずに一次試験受験した結果、不合格になりました。当然の結果です」

彼は悟ったように言った。


「大学の友達が最終合格したんです。話を聞いてみると、僕とは明らかに試験に対する姿勢が違っていました」


「君は受験対策をしっかりしなかった事に後悔しているのかな?」


「はい。ものすごく後悔しています!不合格になってから警視庁警察官になりたいとあらためて思いました。次は絶対受かりたいです!」と言い切った。


「絶対受かりたいという気持ちが湧いてきたら本物だね。なぜ警視庁警察官になりたいのかな?」


「首都を守りたいからなのですが、まだしっかりした志望動機が定まっていません。合格した友達に参考に面接での志望動機を聞いてみました。妹が学校でいじめにあって不登校になった経験から、被害者の気持ちが分かり、それに寄り添う事が出来ると同時に、悪い奴は絶対に許さないぞという強い気持ちもあり、自分は警察官になって、その両方向から職務に取り組む事ができる。と答えたそうです。それほどの熱い志望動機を合格者は言えるのだと分かり、警察官採用試験を甘く見ていた自分が情けなくなりました」と悔しそうに言った。


「採用試験が甘くない事が身に染みて分かったんだね。採用試験は1回きりじゃない。まだまだチャンスは

あるし、何も問題ない。しっかり悟った君ならこれを糧にして頑張ればいいじゃないか」


「はい。でも情けなくて…」と涙が溢れた。


「情けないことなんか何もない!良い経験をしたんだよ。次はどうしても受かりたいと言ったんだから、合格を勝ち取るために前に進もう」


「はい。1人でいると孤独になったようで、涙が出てくるんです。でも、こちらに来て良い経験をしたんだと言ってもらえたので、前向きに考えて合格出来るようにしっかり準備して行こうと思います」


「うん。これからでも全く遅くないよ。今度はうれし涙を流そうよ。悔し涙は今日で終わりだ」


「うれし涙に変えたいです。僕なりにきちんと受験対策をして、志望動機も薄っぺらいものにならないように考えて来ます。1月の試験前にもう一度、来させていただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろん待っているよ。マイナス思考は捨てて、プラス思考で行こう。そうすれば良い方向に向かっていけるよ」と言霊の大切さを伝えた。


「はい。ありがとうございます。では、またよろしくお願いします」

と頭を下げて帰って行った。


来た時の不安は8割くらい減ったようだ。後の2割の不安は彼自身がどれだけ覚悟を決めて、準備ができるかだ。


彼が再び来るのを待つ事にした。


そして、今日意を決して彼がやって来たわけだ。


妻によると、以前に比べると顔つきがたくましくなったようだ。


「先日はありがとうございました。あれから警視庁警察官になりたい熱は上がる一方です。試験まであと一ヶ月を切ったのと、志望動機も固まったので一度お話を聞いていただきたくて来ました」


「よく来てくれたね。待ってたよ」


「女性や子供の性被害が増えてきていて、弱い立場の人間がたくさんいる事に目を向けてみました。弱者を狙う犯罪者が許せないという思いが沸々と湧いてきました。心の底から思えるので、これを志望動機にして、絶対警視庁警察官になるために来ました!と言おうと思ってます」

と熱く語った。

以前のような悔し涙はもうない。


「ずいぶん成長したね。警察官になりたい!というか思いが良く伝わってくるよ。素晴らしい!」


「あらためて警視庁警察官になるんだという覚悟が決めれました。教養試験対策も向上して、模擬試験で7割は取れるようになりました。今度は僕が合格を勝ち取ります!」と揺るぎない覚悟が伝わった。


「もう私から覚悟を決めた君に言う事はないようだ。君が受かる気しかしないよ」


「ありがとうございます!先日来た時に前を向いて行けるようにしていただいたおかげです」


「君が心から悟って警視庁警察官になるんだと覚悟を決めたからこそだよ。私達は応援団だからね」


「来年の今頃は、僕は警察学校に入校してますね。それを励みに頑張ります」


「そう。入校して警察官として頑張っているよ。未来が出来たね」


「一次試験は必ず合格します!合格したらまたこちらに来てもよろしいでしょうか?」


「うん。もちろんだよ。待ってるよ。一次試験の前に大予祝会をするから是非来てよ」


「はい。必ず来ます!ありがとうございました!」 


彼はイキイキした表情で帰って行った。


悔し涙を流して悟った「心」失敗からたくさん学んだ彼ならきっと弱者に寄り添える警察官になれるだろう。


つづく。。。