昨日、築地にある「国立がんセンター」に友人を見舞いに行きました。
彼女は、18年前に結婚と同時に渡米。
以来ずっとロサンゼルスに在住、2人の男の子の母親になっています。
札幌の高校時代からの友人で、会うのも18年ぶりでした。
仮にYちゃんとしておきます。
Yちゃんは一昨年の末、皮膚ガンの宣告を受けて帰国、緊急手術。
手術は無事終了。転移後の目に見えるガンもすべて除去。
その後は抗がん剤投与のため、何度か日米を行き来しています。
最初に彼女から「ガン治療のため帰国している」とメールをもらった時
それはとてもビックリしましたが、
何故か「彼女なら大丈夫。大変なことにはならない」と
私には妙な自信がありました。
(昨日、彼女から初めて詳しく話を聞いたところによると
実際はとても危険な状況で帰国、緊急手術だったということでしたがΣ(・ω・;|||)
彼女とは、高校2年の夏、
父の転勤で岡山の高校から編入した札幌の高校で
同じクラスになりました。
3年生になってクラス替えがあり、彼女とは隣のクラスに。
ある事がきっかけでクラスの一部の女子と微妙な関係になっていた私は
他の誰にも話せない悩みをYちゃんに打ち明けました。
Yちゃんは、それは親身に、よく話を聞いてくれました。
以来、私にとってはかけがえのない、大好きな友人です。
18年ぶりに再開した昨日、病院のレストランで3時間
ぶっ通しで語り倒しました。
話題はYちゃんの病気の話題から社会問題に到るまで…?
18年の時間の空白も何もかも取っ払って
ほんのつい最近も会って話していた相手のような間柄で話が弾みました。
そして、高校時代と同じように私の話もよく聞いてくれて、
素敵な言葉をたくさんプレゼントしてくれました。
お見舞いに行ったはずだったのに
私の方がたくさんパワーを貰った気がします。
話の最後に、Yちゃんの口から
「ガンになったことで色々な事に気づけたの。
変な話だけど、私はガンになって良かったと思うの」
という言葉を聞いたとき、私は嬉しくなりました。
さすがYちゃん!! やっばり、この人は大丈夫。
これからもきっと素敵な人生を歩いていくに違いない。そう確信しました。
人は生きる間、何ひとつ意味のない経験はしない、と言います。
本当にそうだと思います。
夫とともに不妊外来の門を初めてくぐった日から、もう1年が過ぎました。
この間、初めての経験をたくさんし、また様々な学びも得ましたが
1つ1つすべて、その時の私にとっては必要なことでした。
数年前、自律神経失調症と診断された時は
それまで自分の心をどれほど粗末に扱って来たかを思い知りました。
この歳になって初めて、簡単に赤ちゃんを授かれない我が身の状況に気づいた時
これまでどれほど自分のカラダを愛してこなかったのかを悟りました。
体は食べるもので出来ているということ。
心と身体はつながっていること。
感情は自分で選択できること。
自分の体も含めて、周りのすべてに感謝をすると心が喜ぶこと。
そのほか、etc…。
順風満帆の人生であれば、きっとずっと気づかずにいたこと。
私は赤ちゃんが簡単に授かることの出来ない人生を選んで
正解だったのだと思います。
今、赤ちゃんがいない生活でも幸せです。
夫と力を合わせて、赤ちゃんを授かるために頑張ってる毎日が幸せです。
そしていつか、この腕に私と夫にそっくりの我が子を抱いたとき
今よりもっと幸せな人生が待ってる、という希望があります。
Yちゃんは、大変な病気と闘っている人とは思えないほど
とても穏やかな笑顔で、そこにいました。
ガンという病気を優しく受け止めているようでした。
私が受けている治療は、死を覚悟するものではないけれど
落胆や絶望で心がささくれ立ちそうになる時があります。
これから、もしまたそんな場面に出会うことがあっても
昨日のYちゃんとの穏やかで優しい時間を思い出して
どんな困難な問題も、静かに受け止めて、笑顔で乗り越えたいと思います。
Yちゃん
素敵な時間をありがとう。
またいつか会って、色々な話しましょうね。
彼女は、18年前に結婚と同時に渡米。
以来ずっとロサンゼルスに在住、2人の男の子の母親になっています。
札幌の高校時代からの友人で、会うのも18年ぶりでした。
仮にYちゃんとしておきます。
Yちゃんは一昨年の末、皮膚ガンの宣告を受けて帰国、緊急手術。
手術は無事終了。転移後の目に見えるガンもすべて除去。
その後は抗がん剤投与のため、何度か日米を行き来しています。
最初に彼女から「ガン治療のため帰国している」とメールをもらった時
それはとてもビックリしましたが、
何故か「彼女なら大丈夫。大変なことにはならない」と
私には妙な自信がありました。
(昨日、彼女から初めて詳しく話を聞いたところによると
実際はとても危険な状況で帰国、緊急手術だったということでしたがΣ(・ω・;|||)
彼女とは、高校2年の夏、
父の転勤で岡山の高校から編入した札幌の高校で
同じクラスになりました。
3年生になってクラス替えがあり、彼女とは隣のクラスに。
ある事がきっかけでクラスの一部の女子と微妙な関係になっていた私は
他の誰にも話せない悩みをYちゃんに打ち明けました。
Yちゃんは、それは親身に、よく話を聞いてくれました。
以来、私にとってはかけがえのない、大好きな友人です。
18年ぶりに再開した昨日、病院のレストランで3時間
ぶっ通しで語り倒しました。
話題はYちゃんの病気の話題から社会問題に到るまで…?
18年の時間の空白も何もかも取っ払って
ほんのつい最近も会って話していた相手のような間柄で話が弾みました。
そして、高校時代と同じように私の話もよく聞いてくれて、
素敵な言葉をたくさんプレゼントしてくれました。
お見舞いに行ったはずだったのに
私の方がたくさんパワーを貰った気がします。
話の最後に、Yちゃんの口から
「ガンになったことで色々な事に気づけたの。
変な話だけど、私はガンになって良かったと思うの」
という言葉を聞いたとき、私は嬉しくなりました。
さすがYちゃん!! やっばり、この人は大丈夫。
これからもきっと素敵な人生を歩いていくに違いない。そう確信しました。
人は生きる間、何ひとつ意味のない経験はしない、と言います。
本当にそうだと思います。
夫とともに不妊外来の門を初めてくぐった日から、もう1年が過ぎました。
この間、初めての経験をたくさんし、また様々な学びも得ましたが
1つ1つすべて、その時の私にとっては必要なことでした。
数年前、自律神経失調症と診断された時は
それまで自分の心をどれほど粗末に扱って来たかを思い知りました。
この歳になって初めて、簡単に赤ちゃんを授かれない我が身の状況に気づいた時
これまでどれほど自分のカラダを愛してこなかったのかを悟りました。
体は食べるもので出来ているということ。
心と身体はつながっていること。
感情は自分で選択できること。
自分の体も含めて、周りのすべてに感謝をすると心が喜ぶこと。
そのほか、etc…。
順風満帆の人生であれば、きっとずっと気づかずにいたこと。
私は赤ちゃんが簡単に授かることの出来ない人生を選んで
正解だったのだと思います。
今、赤ちゃんがいない生活でも幸せです。
夫と力を合わせて、赤ちゃんを授かるために頑張ってる毎日が幸せです。
そしていつか、この腕に私と夫にそっくりの我が子を抱いたとき
今よりもっと幸せな人生が待ってる、という希望があります。
Yちゃんは、大変な病気と闘っている人とは思えないほど
とても穏やかな笑顔で、そこにいました。
ガンという病気を優しく受け止めているようでした。
私が受けている治療は、死を覚悟するものではないけれど
落胆や絶望で心がささくれ立ちそうになる時があります。
これから、もしまたそんな場面に出会うことがあっても
昨日のYちゃんとの穏やかで優しい時間を思い出して
どんな困難な問題も、静かに受け止めて、笑顔で乗り越えたいと思います。
Yちゃん
素敵な時間をありがとう。
またいつか会って、色々な話しましょうね。