三国志が異常に面白いです。
この記事は現代日本における三国志の一般常識程度の知識があるとちょっと面白いです。

三国志には幾千の名将が登場しますが、意外に実は名将な人も多いです。

そのうちの一人が、高順です。
初登場は呂布が曹操を攻撃する場面です。(194年兗州奪取時)

呂布がいつ登用したのか、丁原あるいは董卓時代から臣従していたのかも不明であり
それどころか字さえ不明な三国時代にあってあまりにも後の世に冷遇された人といえます。

現役時代の冷遇っぷりも特筆モノです。
呂布はそもそも武のカリスマではありましたが、人の上に立てるような人物でもなく
群衆をまとめるどころか自身のコントロールすらまともにできない人物でした。
そのため、酒を飲んで暴れたり、機嫌が悪いという理由で嫌いな部下を殺したり、
こういうことは日常茶飯事でした。

そのため、そういう人に仕えるというのは苦労が絶えなかったことでしょう。
軍における人心掌握にとってよくない事に対しては、怖じずに提言していたようです。
酒飲んであばれちゃいけませんとか、ムダに戦争しちゃいけませんとか。
更に武においても、打ち負けたとはいえあの夏候惇と数十合打ち合ったほどの武勇の持ち主でした。
そのため、呂布も高順が有能な武将であり、極めて高い忠誠心を持つ人物であった事を認めつつも
彼を疎んじていました。

実際、魏の学者である王粲が編集した歴史書に高順の事が詳しく記されていますが、
敵武将であったにもかかわらず、非常に高評価をされていました。
これだけでも十分彼のスゴさが分かるでしょう。

酒を飲まず清廉潔白で、非常に慎ましい性格であったようです。
そして、どんなに冷遇されても、最後まで呂布に忠誠を尽くしたのです。
呂布軍が曹操軍に敗北し、張遼とともに捕縛された際、張遼同様に帰順を勧められましたが
最後まで呂布に殉じました。仕える人によっては後世に名を残す名将として語り継がれたことでしょう。

以上、高順が凄いというお話でした。