神奈川県秦野市 塔ノ岳にある
尊仏岩(尊佛)についての見解です。(私的考えや推測を大いに含)
その昔、18mもあった尊仏岩の苔は病に効き、岩下の土は田畑に撒くと害虫が付かないというご利益があった。
大正12年、関東大震災により大金沢へ崩落したのは、ご利益を求めて岩下を掘りまくり土を持ち出したのが原因だと思う。
現在は残った根元に、石仏と板碑がある。
いつからあるんだろう?
北側の丹沢山や不動ノ峰を背にして南向き!
板碑30センチ。
両サイドの石仏23センチ前後。
頭があれば30センチぐらいだったと推測。
ネットや本で探したけど、頭があった時の写真は一枚も見つかってない。
明治初期、廃仏毀釈の民衆暴挙によって首から上が欠損した石仏ってのはよく存在する。
この尊仏岩の石仏はその頃のものなのか?
板碑両サイドの石仏は阿弥陀如来の印相をしている。
背面には特になし。
これは梵字で間違いないと思う。
真言宗の総本尊、胎蔵界の大日如来を現す「アーンク」の梵字。
この三ヶ所の板碑に共通するのは、
胎蔵界大日如来の梵字に、尊佛或いは狗留尊佛如来の文字。
塔ノ岳以外にも、鹿児島県、山口県、兵庫県などの西日本を中心に似たような巨岩信仰がある。
まだはっきりとしないが…
渡来氏族秦氏が高確率で関係ありそう。
塔ノ岳は秦野市だし…。
板碑裏面には何か彫ってある。
写真がピンぼけで判読不能。
尊仏岩…
大日如来、阿弥陀如来、狗留尊仏如来の関係性が如来つながりとしかわからない。
思えば、蛭ヶ岳(薬師岳)も如来が由来とされる。(薬師如来)
「丹沢今昔」より
昭和13年の尊仏岩はこんな感じだったらしい。
ん~尊仏岩を捜索時、目印とするこの岩塔にしか見えない。







