私
41歳、財産分与なしで離婚
地方出身 親、兄弟なし 頼れる親戚もなし
42歳でがんに・・・
長男
都内国立大学、法科大学院から司法試験合格、法曹へ
長女
都立高校から私立大学を経て看護師。
3月末で退職し、そろそろバイトでもしてみるか、
と思いながら、なかなか重い腰があがらなかったけれど、
春には毎週のように旅行し、
寝坊や夜更かしも一通りやり・・・
というタイミングで、ふいに届いたメルカリからのメルマガで、
その後、また別のところにも行ってみたのですが、
そこは、倉庫の検品業務で、大勢の仲間がいるわけではなく、
常勤の方に交じっての一人です。
まあ、皆さんの親切なこと!!!
もちろん難しい作業ではないのですが、
なれなくて少し失敗してしまっても、
よってたかって「大丈夫ですよ」
と声掛けしてくださいました。
私が3月までいた会社は、
いわゆる大企業です。
金融機関ということもあり、なんだか高飛車というか、
視線が上からくることが多いのですが、
それを知らないうちに、
私も役職が上がるうちにならっていたのように思うのです。
派遣の方を採用する際にも、
なんと生意気な算段をして、
少しでも派遣会社からの触れ込みと違う
技術のなさがあれば、
次の更新はしないと決め、
派遣会社にクレームを入れたりも、
私の部署だけではなく日常茶飯事だと思います。
教えるというよりも、こちらのいうとおり、
働けるの?働けないの?という存在として
みていていたように思います。
そのことにさえも、
自分がこうしたバイトにでるまで、
気が付きさえしませんでした。
そういう感想を持つことでさえも、
一種、どこから目線なんじゃいと
自分でも思ってしまいます。
定年退職したおじさんが、近所のコンビニバイトをして、
俺は大企業の部長だったんだ、
と威張るのとそう遠い発想でもない気がします。
しかしながら、お金をもらって、勉強させてもらっているという、
率直な感謝の中にいます。
私の両親は、どちらも工場に勤めながら、
作業着を真っ黒にして働いていました。
若いころの父は日に焼け、
筋骨隆々でとてもかっこよかった。
いつしか、父のようになってはいけないという母の教えで、
私たち兄妹は勉強し、大学に行き、
父とは違う人生を選び、
あの頃の父のかっこよさ、
まぶしさを忘れてしまいました。
父は、いわゆる優秀な兄を自慢することも一度もなかった。
ただ、若くして心筋梗塞で亡くなってしまったときに
「似合わない生き方をしたから」
というようなことを、
地元の方言で言ったことを強く覚えています。
私たちは似合わない生き方をしたのかもしれないな。。。
短い間ですが、額に汗して、
気持ちのいい皆様と働いていると、
そんな風に幼き日のことを思い出しました。
タイミーのレビューだと、
私は「50代後半女性」と表示されます。
なかには70代後半女性もいらっしゃいましたので、
まだまだいけると思い、希望になります。
体を動かすことに抵抗がない方は、
FIREしても、定年退職しても、
気軽に働けるので、
ぜひ新しい世界、新しい価値観に出会うため、
チャレンジしてみてはいかがでしょうか。
シェアフル登録する場合は、
下記招待コードで500円いただけます。

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