私が一瞬で涙腺が崩壊するのが、

数年前に放送されてた東京ガスのCMです。


結婚式から始まる90秒。


男の子が学芸会で脇役でがんばる姿、

野球で空振りする姿。

がんばれがんばれと子どもたちをハラハラみていた記憶と重なります。


娘は病院育ちでのんびり、おっとりした子です。

運動会でも、学芸会でも、

探すのが大変。

彼女曰く、気配を消しているから、

ビデオでも、私があちこち探して右左…が大半です。


逆に息子は、小学生までは目立ちたがり屋で、

ここそこに登場していました。

常に自信満々で堂々としてはいましたが、

失敗しはしないか、転ばないか、

ハラハラとみていました。


親なら誰しもと思いますが、

子どもが悲しんだり、落ち込んでる姿はみたくありません。

いつも、幸せでいてほしい。


二人には本当に私しかいないので、

私は何としても長生きして、

二人が困った時、助けたい。

その思いだけで14年持ち堪えてきたので、

最終的に、息子の結婚式に出られなかった、

このCMのお母さんに号泣してしまうのでしょう。


あの目立ちたがり屋で騒がしい子が、

中1で私と家を出てからは、

思春期も相まって、ずいぶんおとなしくなりました。

じっとして!静かに!

石を蹴らない!カバンを振り回さない!

飛び出さない!周りをみなさい!

私にいつも怒られていたのに。


家庭環境も複雑で、ど貧乏で、

おそらく日本一頭脳明晰な子があつまる学校に6年間いて、

自分に自信が持てなくなってしまったのかも、と思ったこともありました。


大学生になってから、

やっぱり中高の友達って天才だった?と聞くと、

はぁ?というような顔をして、

いや、別に普通、と。


高校3年間、

ずっと週2で近所のコンビニバイトをしていた息子は、

バイト仲間もいますが、

日本一の学校の友達も、

国際色豊かなバイト仲間も、彼の目からは同じなのでしょう。

どちらとも仲良くしています。


誰に教えられるでもなく、

人を比べず、その人を見るという視点は、

見習わなければならないと思います。


そんな子だから、自分も他と比べない。

中1からおとなしくなったようにみえたのは、

ただ私におふざけしなくなってしまっただけなのでしょうね。

怒っているうちが、私にとっては花の時代でした。


息子にはもう何年もお付き合いしている方がいて、

おそらく、もうすぐ結婚という話がありそうです。

結婚式に出るまでは、という希望を持ったことはないですけどね。

そんなに出たくない😛

まあ、とにかく、幸せな人生を歩んでほしいです。















 

41歳、財産分与なしで離婚

地方出身 親、兄弟なし 頼れる親戚もなし

42歳でがんに・・・

 

長男
都内国立大学、法科大学院から司法試験合格、法曹へ


長女
都立高校から私立大学を経て看護師。

 

 

 

3月末で退職し、そろそろバイトでもしてみるか、

と思いながら、なかなか重い腰があがらなかったけれど、

春には毎週のように旅行し、

寝坊や夜更かしも一通りやり・・・

というタイミングで、ふいに届いたメルカリからのメルマガで、

近所の倉庫にアルバイトに行ってみました。

 

その後、また別のところにも行ってみたのですが、

そこは、倉庫の検品業務で、大勢の仲間がいるわけではなく、

常勤の方に交じっての一人です。

 

まあ、皆さんの親切なこと!!!

もちろん難しい作業ではないのですが、

なれなくて少し失敗してしまっても、

よってたかって「大丈夫ですよ」

と声掛けしてくださいました。

 

私が3月までいた会社は、

いわゆる大企業です。

金融機関ということもあり、なんだか高飛車というか、

視線が上からくることが多いのですが、

それを知らないうちに、

私も役職が上がるうちにならっていたのように思うのです。

 

派遣の方を採用する際にも、

なんと生意気な算段をして、

少しでも派遣会社からの触れ込みと違う

技術のなさがあれば、

次の更新はしないと決め、

派遣会社にクレームを入れたりも、

私の部署だけではなく日常茶飯事だと思います。

教えるというよりも、こちらのいうとおり、

働けるの?働けないの?という存在として

みていていたように思います。

そのことにさえも、

自分がこうしたバイトにでるまで、

気が付きさえしませんでした。

 

そういう感想を持つことでさえも、

一種、どこから目線なんじゃいと

自分でも思ってしまいます。

定年退職したおじさんが、近所のコンビニバイトをして、

俺は大企業の部長だったんだ、

と威張るのとそう遠い発想でもない気がします。

 

しかしながら、お金をもらって、勉強させてもらっているという、

率直な感謝の中にいます。

私の両親は、どちらも工場に勤めながら、

作業着を真っ黒にして働いていました。

若いころの父は日に焼け、

筋骨隆々でとてもかっこよかった。

いつしか、父のようになってはいけないという母の教えで、

私たち兄妹は勉強し、大学に行き、

父とは違う人生を選び、

あの頃の父のかっこよさ、

まぶしさを忘れてしまいました。


父は、いわゆる優秀な兄を自慢することも一度もなかった。

ただ、若くして心筋梗塞で亡くなってしまったときに

「似合わない生き方をしたから」

というようなことを、

地元の方言で言ったことを強く覚えています。

 

私たちは似合わない生き方をしたのかもしれないな。。。

短い間ですが、額に汗して、

気持ちのいい皆様と働いていると、

そんな風に幼き日のことを思い出しました。

 

タイミーのレビューだと、

私は「50代後半女性」と表示されます。

なかには70代後半女性もいらっしゃいましたので、

まだまだいけると思い、希望になります。

 

体を動かすことに抵抗がない方は、

FIREしても、定年退職しても、

気軽に働けるので、

ぜひ新しい世界、新しい価値観に出会うため、

チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

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P3IG733

 

    

 

41歳、財産分与なしで離婚

地方出身 親、兄弟なし 頼れる親戚もなし

42歳でがんに・・・


長男
都内国立大学、法科大学院から司法試験合格、法曹へ


長女
都立高校から私立大学を経て看護師。

すす

 

 

 

あれから15年。

 

なんとかなります!!

そういうと、本当に無責任に聞こえてしまいますが、

まあ、なんとかするのです。

 

15年前の私は、

私立中学1年男子

難病の小学4年女子

を連れて、

非正規雇用(住民税非課税になるくらいの薄給)、

実家なし、親兄弟なしです。

 

しかも、離婚調停は財産分与0を受け入れられず、

1年半の長期にわたり、

結局は、自分の弁護士に「あきらめなさい」と恫喝され、

最後に調停に裁判官が登場、

相手が悪すぎる、財産も隠している、

結婚中に財産を把握していなかったあなたにも落ち度はある、

裁判したとてもらえるかどうかわからないのに、

ただ傷ついている姿を子供に見せない自信があるか?

と聞かれました。

 

それはないですよ。

調停を1年半してみて、

調停委員をもバカ呼ばわりして、怒鳴り散らしている話を、

調停員の方に聞いたり、

弁護士も見つからず、やっと見つかった弁護士までも無能呼ばわりして、

すべての主張を自分でつらつら書いている夫を確認するたびに、

この人と戦うのは、常人にはできないだろうと思いました。

 

ちょうど今話題の、

兵庫県知事をみると、彼を思い出します。

彼の中では、自分は1ミリも悪くないので、

そんな正しい俺が、少しでも損をするのは許せないのです。

普段から、なんで俺だけがこんな目にあうのだ、と

いつも言っていました。

 

なので、弁護士を変えて裁判したとしても、

その過程でひどく傷つく。

一人で働いて子供たちを何とかせねばらない今、

もう、彼に振り回されたくないと思いました。

本来なら、財産分与は、

子どもたちの権利でもありました。

でも・・・今はあの時、あきらめてよかったと思っています。

どんなに一般常識を語っても、

彼のような人には絶対に響かないのです。

血を分けた子供たちが路頭に迷うとしても、

彼には関係のないことでしたので。

 

しかも調停期間中に、

私はがんになってます。

これは、本当に結婚生活15年の、

ストレスのせいだと思っています。

 

親も親戚もない私は、

学生時代にアルバイトでお世話になった方に、

子どもたちを預けて入院しました。

会社(健保)からは傷病手当金が出て、

なんとか生活をつなぐこともできました。

 

でも正直、何度も絶望しました。

 

でもでもでもですよ。

 

目の前に、二人の子がいて、

未来ある彼らの人生を私は背負っているのです。

絶望するのは一夜だけ、

翌日からは、どうすればいいかを、

本当に調べまくりました。

情報戦です。

 

シングルマザーが貧困だという話をよく聞きます。

確かに、私も数年間は非正規だったので、

収入は少なかったけれど、

しかも長男は、私立中学に行っていたけれど、

やめさせることもなく高校を卒業しました。

それはでもほっといたら無理ですから、

学校にも役所にも、NPO的なところにも

いろんなところに相談しました。

 

ながくなるので、

この熱弁はまだあとで。

 

とにかく、あきらめずに情報を集めていきましょう