時間軸は前後しますが、

長男は本当にマイペースで、

生まれながらに、人の事が気にならない性格です。


苦難は乗り越えられる人にしか来ない理論は、

私は大嫌いですが、

長男の性格はまさに、

難病の妹を持つ兄としては、

ありがたいと何回も感謝しました。


何しろ、

自分が好きなことを好きなようににしたいので、

好きなことをやっていれば、

嬉々として楽しめるのです。


突然、兄のうちに預けられても、

兄のうちには、従兄弟がたくさんのゲームを取り揃えており、

毎日毎日ゲーム三昧で、明るく楽しく過ごせました。

あの1年、

亡くなった兄と義姉は、自分の子と同様に、

息子を育ててくれました。

たまに元夫が迎えに行っても、帰りたくないと言い張ったそうです。


頼れる両親がいない私にとって、

兄はいつも親代わりでした。

たいしてとしもはなれていません。

兄はスポーツ万能、小さい頃から頭もよく、

奨学金で国立大学の医学部を卒業し、

医師になりました。


両親が頼りないからこそ、

勉強して、道を拓くという方法を、

身をもって教えてくれました。

病弱だった母の期待に応えて医師になり、

私のことも請け負ってくれました。


亡くなる前も私のヒーローだった兄は、

若くして亡くなり、

いよいよ、私にとっては手に届かない存在になりました。


兄に育てられた一年は、

長男に大きな影響がありました。

良くも悪くもです。


兄は能力も人格も素晴らしい人でしたが、

若くして亡くなりました。

完全に過労死だと思います。


長男は中学受験の前でしたが、

ただただ無表情に呆然としていました。

眠っているようにしかみえない叔父さんのとなりに座って、

何を思ったのかは、

後々に聞く事になります。







長男が4歳で生まれた長女が、

いきなりの危篤。

それからずっと、元夫にとって、

娘は不良品でした。


娘の看病に明け暮れ、

病院に寝泊まりする日々。

見舞いにも来ない元夫に絶望し、

娘の病気が落ち着き、

私が仕事ができるようになったら、

離婚しようと決意しました。


私はいい、

でも、この小さな子を疎むことは許せませんでした。


長男は私の唯一の肉親の兄のうちに預け、

私たちは一年近く入院しましたが、

ただ、働く俺様は立派だと主張する元夫は、

私たちが運良く退院しても、同じでした。


一番大変なのは娘、

次に大変なのはいきなり母がいなくなり、

従兄弟と揉み合いながら過ごした息子。


なのに、俺はなんで不幸なんだ、

と言い、赤ちゃんの娘を恨めしくみる姿は、

今も、最低な父親だと思い出します。


仕事さえあれば、

今すぐにでも、と思いながら、

全てのお金を牛耳る元夫の前に、

先立つものがなさすぎました。


病気の子を路頭に迷わせられない、

でも、しっかりと離婚予定日は決めていました。


息子が小学校を卒業するまで。

それまでに娘の病気を治し、

離婚するから!


心の中でいつも宣言しながら、

色んなことを受け流しました。

人としての心を保つために。


それだけがあの時の希望でした。





私が一瞬で涙腺が崩壊するのが、

数年前に放送されてた東京ガスのCMです。


結婚式から始まる90秒。


男の子が学芸会で脇役でがんばる姿、

野球で空振りする姿。

がんばれがんばれと子どもたちをハラハラみていた記憶と重なります。


娘は病院育ちでのんびり、おっとりした子です。

運動会でも、学芸会でも、

探すのが大変。

彼女曰く、気配を消しているから、

ビデオでも、私があちこち探して右左…が大半です。


逆に息子は、小学生までは目立ちたがり屋で、

ここそこに登場していました。

常に自信満々で堂々としてはいましたが、

失敗しはしないか、転ばないか、

ハラハラとみていました。


親なら誰しもと思いますが、

子どもが悲しんだり、落ち込んでる姿はみたくありません。

いつも、幸せでいてほしい。


二人には本当に私しかいないので、

私は何としても長生きして、

二人が困った時、助けたい。

その思いだけで14年持ち堪えてきたので、

最終的に、息子の結婚式に出られなかった、

このCMのお母さんに号泣してしまうのでしょう。


あの目立ちたがり屋で騒がしい子が、

中1で私と家を出てからは、

思春期も相まって、ずいぶんおとなしくなりました。

じっとして!静かに!

石を蹴らない!カバンを振り回さない!

飛び出さない!周りをみなさい!

私にいつも怒られていたのに。


家庭環境も複雑で、ど貧乏で、

おそらく日本一頭脳明晰な子があつまる学校に6年間いて、

自分に自信が持てなくなってしまったのかも、と思ったこともありました。


大学生になってから、

やっぱり中高の友達って天才だった?と聞くと、

はぁ?というような顔をして、

いや、別に普通、と。


高校3年間、

ずっと週2で近所のコンビニバイトをしていた息子は、

バイト仲間もいますが、

日本一の学校の友達も、

国際色豊かなバイト仲間も、彼の目からは同じなのでしょう。

どちらとも仲良くしています。


誰に教えられるでもなく、

人を比べず、その人を見るという視点は、

見習わなければならないと思います。


そんな子だから、自分も他と比べない。

中1からおとなしくなったようにみえたのは、

ただ私におふざけしなくなってしまっただけなのでしょうね。

怒っているうちが、私にとっては花の時代でした。


息子にはもう何年もお付き合いしている方がいて、

おそらく、もうすぐ結婚という話がありそうです。

結婚式に出るまでは、という希望を持ったことはないですけどね。

そんなに出たくない😛

まあ、とにかく、幸せな人生を歩んでほしいです。