かなり長いブログになります〜
一気に書きます。

「奈々を想う」はこんな風に書き続けるとは最初は全く思っていませんでした。
私のブログはFacebookにもリンクしているのでたくさんのシニアわんこのご家族から応援のコメントをいただいて...。
おだてられると木に登るタイプです。笑
なんとNO15になりました。
書きながら画像を引っ張り出したり、以前のブログはFC2だったのですけどそちらの記事やFacebookの昔の記事やら。
読みながらまた泣いたり。
それが奈々の供養にもなっている気がしていました。
奈々の最後をどう書くかすごく迷いました。さらっと流すことも考えました。
でも、誰かの参考になるかもしれないと綴ってきたブログです。最後まできちんと書こうと思いました。
読みたくない人はここからスルーしてくださいね。







今年に入ってサプリメントが効いてから本当に穏やかな毎日でした。
毎日の点滴、食事、床ずれ防止、1時間おきの点眼など、きっとそれなりに忙しかったんだろうと思うのですが、そういう感情の記憶がありません。
その頃のブログを振見ると1日お家にいることをそれなりに楽しみながら、生活ブログネタをたくさんアップしています。

2月3月は確定申告の事務処理が膨大での心はザワザワします。そしてこの頃洗濯機が故障しました。
乾太君を動かすためのガス屋さんが来たり、洗濯機の場所確認が来たり。
その日の奈々の朝ごはんはいつもより2時間遅くなってしまいました。
ご飯を食べさせながら頭の中で洗濯機のことを考えたり、次の行動を考えたり奈々のご飯に集中してなかったと思います。
野菜ペーストをスプーンで口に運んでいた時、「ケーン!」と鳴いたと思うと失禁してチッコもウンも出てしまいました。
喉に詰まらせたのです。
目も見開いています。背中をトントンしてもダメで。
病院が近いので運んだ方が蘇生できると即座に判断し病院へ運びました。
運んでる途中で「ケーン」「ケーン」と鳴き出したので呼吸してる!とホッとしました。一時呼吸が止まったけれど息が戻りました。でも本人がびっくりして目を見開いて「ケーン」と鳴くし何より私が手足がガタガタ震えていたので、半日お預けすることにしました。このことがあって、私はとにかく奈々の介護に集中するためには心にいつもゆとりを持つことが大事。
そう思いました。
あの時あのまま逝ってしまったら私はものすごく後悔したと思います。


先日のフォトバトン2017にもアップした画像ですが4月12日に奈々は18歳の誕生日を迎えることができました。
奇跡のようでした。
体も首も支えてもらってやっと撮った写真です。



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ここからの奈々は第三者が見たらもう何もわかっていないんじゃないか...と思ったかもしれません。
実際、点滴の針を痛がってないか?といつも心配していましたが「多分、それもわかっていないと思います。」と言われました。

でもね、私はちゃんと奈々と目で会話をしていました。
「かーしゃんお水」「かーしゃん首痛い」
「かーしゃん何やってるの?」「かーしゃんお目々が乾いたの」


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「今日は◯◯CC飲めた」
ほんの少し飲む量が増えれば嬉しかったです。

サプリメントが効いて減少が止まっていた体重がまた減り始めました。
あぁ、もうできることはないのだな...そうおもいました。
来ては欲しくない日が近づいてくることを感じていました。

奈々がなくなる前の週の月曜日。
いつもの倍くらい栄養ドリンクを飲みました。
すごいね奈々ちゃん。
いっぱい飲んだね。
看護士さんと喜びました。
これだけ飲めたらまだ頑張れるね。
けれどそれがたくさん飲めた最後でした。
翌日には飲む量が極端に減りました。

そしてシリンジで口に入れても反対側のお口から全て漏れてしまうのを見たとき、年明けに友達が、「最後は口からでてしまった...」と言っていたのを思い出しました。
何度やっても飲み込み反応はなく心では「受け止めなきゃ」と自分に言い聞かせていました。
家族にはその状況を話しこれからは朝出かける時はこれが最後と思って出かけた方がいいよ...と話しました。

火曜日。院長先生が「今日はステロイド剤を入れたので少し元気になるはずです」
後から思えば、最後のお別れのためだったのかもしれません。(私がそう思っているだけですが)

水曜日。点滴に行きました。
明日は木曜日で病院はお休みなので。次の点滴は金曜日です。
「また明後日会おうね」
その言葉に裏には「会えないかも」という思いがあったと思います。
その日の写真です。
これが奈々の生前最後の写真になりました。

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木曜日。穏やかに過ごしました。

金曜日。4時から点滴なので準備のために昼過ぎにお洋服を着せました。オフホワイトのニットのワンピースです。

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振り向くと、まん丸お目目でじーーーっとこちらを見ていました。
あまりにもの言いたげだったので「どうしたの?お目目まん丸だね。」と声をかけたのを覚えています。

私は点滴の時間までiPadで韓ドラを見ていました。
奈々がえずくようなそぶりがありました。抱っこしてさすってあげて落ち着いたのでそっとベッドに寝かせました。
ほんの数分でまた吐くようなそぶりがありました。抱っこしても止まらず、苦しそうに「ケー!ケー!」と言いました。
これは吐きたいんじゃない...と感じました。
時間にしたらきっと1分もなかったかもしれません。

「もういいよ....もういい。
いっぱい頑張ったよ。ありがとね。
もういいんだよ。」
心の中で自然にそんな言葉が出ました。

奈々の声が止まった時、下に向いていた奈々の顔を見ました。
言い方が適切かわかりませんが、私を見てさっきまでウルウルしていたお目目がぬいぐるみのボタンのようでした。

逝っちゃったんだ...本当に逝っちゃったんだ。しばらく一人で奈々を抱っこしたまま号泣しました。
こうして奈々は虹の橋を渡って逝ってしまいました。

その夜はリビングで家族と奈々と一緒に寝ました。
毎晩奈々と手を繋いで寝ていたので、私は夜中に奈々の手を握って泣きました。

奈々の葬儀は中野の哲学堂動物霊苑で家族、義母、弟夫婦で見送りました。
もうお別れ...という瞬間に「もう一度だけ....もう一度だけ抱っこさせてください」思わず口に出ていました。
係の方は一瞬戸惑いましたがその時間をくれました。
みんなに順番に抱っこされて、主人も息子も男泣きに泣きました。
奈々は本当に大事な大事な家族だったんだ....とおもいました。
私は多分それまでずっと気が張っていたのか、葬儀の前頃からまともな歩行ができなくなり全く体力、筋力がなくなっていました。半年以上経った今も完璧には回復していません。

ペットロスは想像以上でした。
人には「大丈夫。大丈夫。仕方ない」と言いながら、心の時間は止まり、
道ですれ違うわんこに目が釘ずけになり、
一人で部屋にいると、ただただ泣いていました。犬のいる環境....動物病院やネットのペットショップや、ペットのコジマや、ディスカウントストアのペットグッズ売り場や、色々なところからはじき出されたような喪失感。
失くしてしまったものの大きさ。
当たり前にあった、あの手の感触。暖かさ。
ペットロスの気持ちは本当に一言では言えません。
その私たち家族をを救ってくれたのが手万里との出会いです。


「奈々への想い」は私の主観で書いてきました。どうしても私の味方の内容になりますが、私は自分がそんなにいい飼い主で
なかったことを重々自覚しています。
お留守番がとても多かったし、歯磨きの重要さも知らずに顔に穴をあけてしまった。
おやつもいっぱいあげて太らせた。
すぐに手万里を迎えた。
手を合わせる時いつも「ごめんね」という言葉が出ていました。

でもあるきっかけで私は「奈々の想い」を受け止めることができました。
最初は半信半疑でしたがメッセージを受け取った1ヶ月後にあるきっかけで心にストンと届き受け止めることができました。
それからは手を合わせる時は「ありがとう」と言えるようになりました。

最後に「奈々の想い」を書いて「奈々への想い」を終わりたいと思います。


かーしゃん。
いっぱいのお留守番はとっても寂しかった。けれどわかっていたよ。
みんながずっと一緒にいたいという気持ち、届いていたよ。
だから私もずっと一緒にいたいって頑張ったよ。
私がいなくなってから、家族には必要だったから手万里ちゃんと巡り合わせたの。
手万里ちゃんを連れてきたのは私。
私のこと絶対忘れない?ずっと家族?
とっても嬉しい!
私もとーしゃん、かーしゃん、しんちゃんの家族に会えて本当に嬉しかったよ。
たくさんの思い出をありがとう!
そういうと、奈々は大喜びで尻尾を振って
帰っていったそうです。

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今、私は奈々にできなかったことを全て手万里にしてあげたい。
そんな思いで手万里を大事に大事に思っています。
失くしたものの大きさを知っているので...。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。