長い長い「今考えていること」
きっかけは、奈々の介護をしていた時に「この子はうちに来て幸せだったのだろうか」という自分に対する問いかけでした。
今は、「幸せだった」と言えますが、日々介護をしている時は、「平日も休日も留守番の多い家で、奈々と触れ合える時間は改めて考えるととても少なかった」そんな自責の想いにいつもいました。
以前にも書きましたが、色々な思いネットを見ていて保護犬の存在を知りました。
愛を知らずにいるたくさんのワンコの寂しい目を見て、奈々はそれでも幸せだったんだと思うことができました。
奈々が亡くなってからは、ただただダックスを見ていたくて、いるはずもない奈々を探してる感もありました。自分を癒すために見ていたサイトです。
でもいつからか、真剣に今の保護犬の事情。
ペット業界の裏、悪徳ブリーダーの酷さ、可愛いだけで飼って、手に負えなくなると「放置」というネグレクトや、ひどい時は廃棄として扱われる命があることに目を向けるようになりました。
ボランティアで頑張っている方の怒りとジレンマとそれでも命を繋ぎたいという必死の思い。
それぞれの保護団体、一時預かりボランティアの方のブログを時系列を追って読んでいくと、
それぞれの保護犬の命がつながった実感に涙が出そうになります。
保護センターで、毛玉(というよりフエルト)でいっぱいで身動きも取れず、爪も二重に巻いてて汚物にまみれているシーズー。
どこが顔だかもわかりません。
どこの保護団体も引き出したい、でも手一杯の葛藤の中、処分寸前に半ばやけくそのように引き出し。この子の命がつながった瞬間です。何時間もかけてトリミング。
皮膚病を治し、避妊手術やワクチン接種、その他必要な医療を施し、預かりボランティアさんが「人間は怖くないよ」「人の手は怖くないよ」と愛情を注ぎます。
中には人はいっぱい可愛がられていたのに捨てられた子もいて、そういう子は裏切られた人間なのに、人なつっこくくっついてくるそうです。
悲しい目のボロ雑巾のようなシーズーが、優しい目の可愛い子になり、里親さんが見つかり引き取られ昔から家庭犬だったように、自我をだして、目がキラキラ。
1匹保護犬が幸せになる後ろに500匹の命が消えていくそうです。
このシーズーは命をつなげたけれど、この子の隣にいた子は叶わなかった…ということです。
里親さんが現れると、預かりボランティアの手が1匹分空くので、 躊躇なく1匹をセンターから引き出せることができるのだそうです。
6月半ば、ブリーダー崩壊でギリギリ11匹のダックスを引き取って来た(本当はもっといたそうです)保護団体さんは、今日現在8匹のワンちゃんが里親さんが決まりそうです。ゲージ閉じ込められてお散歩も知らない子が生き生きお散歩をしてるそうです。
私は何ができるだろう〜。と考えるようになりました。
私にできることはなんだろう。
安易に里親を申し出るということではなく、(奈々のように最後まで看取る自信がない)
じっくり考えています。
家族はまだまだ深い悲しみの中にいて…無理強いはできません。私ももちろん悲しい。けど「犬の遺言」を読んで、そういう見方もあるんだ…と思いました。
保護犬ボランティアも里親さんも皆さん絶対的に私よりずっとお若い。「継続」することなので、年齢もパワーも大事なのだと思います。
思っている以上に自分は力不足です。😰
今現在、わたしにできることは、こうして知らせること。
寄付をすることしかできません。
この先もそれしかできないかもしれません。
でも、「私にできること」を探していたいと思います。
http://www.alma.or.jp/
http://ameblo.jp/lovedoned/
http://aguri.nomaki.jp/index.html
http://ameblo.jp/happines-rescue/
