こんな白昼夢を見た。
寒風吹きすさぶ2月の明け方、荷物を降ろすホームにて同じ会社のやっちゃってる先輩(以下Y)に呼び止められた。
「お前俺のこと嫌ってるやろ?いつも避けて通ってるし」
アルバイトの休憩中なので、周囲に人はいない。僕とYの二人だけだった。
Yの口調は明らかに怒りを伴っており、鋭い眼光でこちらを睨みつけている。
「やっちゃってるんで」と僕は答えるに留めた。
「ああ!?なんやねん、やっちゃってるって?」
僕の発言はYの怒りに油を注いだようだった、しかし僕は彼の性格をある程度は知っているので臆さずに続けた。
「うーん、先輩は『やっちゃってる』の概念がお分かりになりませんか。ちなみに『イタイ』という言葉の意味は分かりますか?」
「なんやねん『イタイ』って?怪我でもしたら誰でも体痛いやろが」
「なるほど、では『オイシイ』は分かりますか?」
「『オイシイ』?旨いもん食べたら美味しいと思うけどな」
僕は少し迷った、この先輩に世間で使われている少し複雑な言葉を理解させることにどれほどの意味があるのか。しかし今は荷卸しの待機時間中、特にすることもないので説明してみることにした。
「えーっとですね、まず先輩はご自身が『やっちゃってる』と周囲に思われていることを理解して下さい。例えばね、今は2月ですよ。それなのに先輩は半袖Tシャツ一枚しか上に着てないじゃないですか?」
Yは薄着で有名だ、この寒空の下いつでも半袖Tシャツ一枚にジーパンという出で立ち。何なら荷卸し中はジーパンをロールアップまでする。何か上に羽織るとしても会社から支給された薄いウインドブレーカーしか見たことがない。
「さらにいつもせかせかしてて不機嫌そうでしょ?でも超ベテランだから周りは気を遣いまくるんですよ、んですぐにキレますし」
「そんなもんは俺の勝手や、ほっといたらええやろ」
ここまでは予想通りのやり取り、上手く説明を続けることができるだろうか?僕はさらに口を開いた。
「確かにそうです、でも時々みんなで助け合って仕事する時もあるじゃないですか?そんな時にやっちゃってる人がいたら困るんですよ。先輩は個性的過ぎるんです」
さらにYは何故かいつも帽子を後ろ前逆に被っている、ネアンデルタール人のようにドスドスと不恰好に歩くが実は「一つ屋根の下」に出ていた頃の江口洋介に憧れているのかもしれない。
「うーん、じゃ俺はどうしたらいいんや?」
予想外に意見を求めてきた、これは上手く行くかもしれない。僕は少しだけ安堵する。
「『やっちゃってる』のをやめることは難しいと思うんですよ、ご自身がやりたいように振る舞ってる結果ですから。ただ『やっちゃてる』責任も取らないといけないんじゃないですか?」
「『やっちゃってる』責任?なんか話が難しくなってきたな」
「例えば中学生ぐらいの子供が『人を見た目で判断するな』とか言う時があると思うんです、でも中学生で髪の毛を金髪に染めていたり煙草を吸っていたりすれば誰だって『不良なんだな』と思って扱うでしょ?それと同じです」
「うーん、ということは俺はお前に『やっちゃってる』と思われてるから避けられるんやな?ということは、避けられるのを受け入れるか『やっちゃってる』のをやめればいいということか?」
予想以上に先輩の理解力は良い、あと一息で職場の雰囲気を良く出来るかもしれない。
「そうですそうです、さすが先輩。話せば分かるじゃないですか、でもまあ先ほども言いましたけど飽く迄先輩の自由で振る舞ってらっしゃるんで変に迎合する必要はないと思いますよ」
「お前の話はよくわかった」
Yがそう告げると、ホームの上を一陣の風が走る。相変わらず周囲には僕らの他に誰もいない。
「でも今の話を聞いてると、お前も『やっちゃってる』んちゃうか?」
青天の霹靂とはこのことだ、まさかやっちゃっててイタイ先輩に自分のことを指摘されるとは!
「まず髪型モヒカンやん?さらに赤く染めてるし。ほんで何?その鼻のピアス?牛になりたいんか?それとズボンに付いてるジャラジャラしたチェーン、お前が歩いてたら50メートル先からでも音で分かるぐらいやねん」
「な、なにを言ってるんですか?先輩とは違います。これは飽く迄単なるファッションですよ!」
僕はうろたえてそう答えた、しかしYはとどめの一言を告げる。
「お前、荷物降ろす時にメッチャデカい音で変なアニメの曲を携帯から流してるやろ?あれみんな迷惑してんねんで。わざわざスピーカーにまで繋げやがって、分かってんのかコラ!」
うすうすは気付いていた、だって僕もみんなに避けられてるように感じていたし。だけど、こんなガチでやっちゃってる先輩だけには事実を突きつけられるのは嫌だった。
「ということやから、お互い『やっちゃってる』者同士で仲良くやっていこうや。『やっちゃってる』後輩。」
「・・・分かりました、先輩。」