網戸取り外しの謎。網戸は鳥かごからの解放路 世田谷一家殺害事件考7 | 人はパンのみにて生くる者に非ず 人生はジャム。バターで決まり、レヴァーのようにペイストだ。
浴室窓に据え付けられていた網戸は取り除かれて、綺麗にフェンスへと立て掛けられていた。それも被害者宅側ではなく、公園側のフェンスに。巷間、このことは複数犯人説の根拠に挙げられる事実となるものだが、そうではなく、翌朝逃走説の一つの確証であるように思われたのである。

そもそもの問題として、この網戸、何故に取り外されていたのだろうか。被害者宅浴室の窓は、ごく普通の形状をしている。ルーバー等ではなく、対を成すガラス戸によって構成されている、ごく普通の窓のようである。浴室は1階にあることが多いが、被害者宅の場合は2階だ。したがって防犯対策を特段採る必要性には乏しかったわけである。ゆえに犯行時間に於いても窓の片側を開け放ち、網戸の状態にして、換気をしていたものと考えられている。

外部から室内へ侵入する場合、絶対に網戸を取り外さなければならないのだろうか。普通、網戸と云うものは引き戸同様に横方向へスライドすることが出来る。つまり浴室から侵入したとして、網戸をわざわざ外す行為に出る必要性はないのである。もし網戸が固定されていた状態であれば、取り外すしかなくなる。が、被害者宅の浴室は2階である。1階なら格子など設置されていなければ固定されているだろうが(我が家の浴室も被害者宅同様、普通の曇りガラス窓であったが、網戸的なものについては固定されていた)、被害者宅の場合は本当にごく普通の網戸だったのではあるまいか。網戸が固定されていたか、されていなかったか、これはかなり重要な要素の一つとなり得る。それと云うのも、もし網戸が固定されていなかった場合、網戸が取り外されたのは翌朝の逃走時だった公算が極めて高くなるからである。それはどう云うことか。

犯人は翌朝10時過ぎ、内線電話やら玄関からの気配によって叩き起こされ、直ちに逃走準備へと入った(ものと当シリーズでは見ている)。しかしもはや辺りは、犯人が当初想定していた電車が動き始める午前5時過ぎとは全く異なる白昼の世界である。目の前の公園に人が居てもおかしくはない、否、寧ろ人が居ると考えなければならない。さて、2階から飛び降りる形で家から出て、公園敷地へと向かう犯人の姿を、公園の人間が目にしたらどう思うか。不審に思われるに違いないと当然、犯人も考える。

脱出する犯人を公園から見掛けていた人間が本当にいなかったのかどうか、実は少々疑問視している。面倒に巻き込まれたくないからと情報を寄せない人が存在するのである。10年20年経ってみて「実はあの時、不審な白い車を見たんです」等々、情報を寄せてくる人が現実にいるわけである。と云うことは、終生寄せない人もいるものである(件の例にしても、事件後20年の段階で生きていたから寄せられたわけである)。犯人がある種の偽装工作をした可能性を考える。仮に犯人が右手を包帯等でぐるぐる巻きにしていた場合、網戸に指紋は残らない。右手は添える程度しか使えなかったとして左手を主体にすることになるが、この際、犯人が偶然、或いは意図的に、左手にタオルを持った状態で網戸を取り外したなら、指紋は残らないことになる。

網戸を取り外すこととタオルを擁していることは、ペアとなる組み合わせの行動である。時は12月31日大晦日。そう、犯人は大掃除中であるとの状況を偽装したのではなかろうか。網戸とタオルを携えて。どこの犯人が網戸を携えたまま逃走を図るだろうか。公園からの目撃者が仮に存在したとしても、絶対に、家人に相違ないと思うであろう。犯人が公園側のフェンスに綺麗に網戸を立て掛けたのも偽装の一環、その最終章を飾る行為と云うことになる。犯人は被害者宅の敷地を出て、公園方向へと逃走しなければならない。しかし網戸を被害者宅敷地に残して、自分だけフェンスを越えて公園へと脱出すると、それは如何にも逃走しているように映る。或いはぞんざいに網戸を投げ捨てでもしたら、それも怪しく映る。

そこで犯人はわざと公園側にて網戸を綺麗に立て掛けて、あたかも何某かの作業の途中であるかのように匂わせ、悠然と公園内へ逃走したものと推察する(この後、敷地内で何らかの作業を行うから網戸を敷地内に置くと、きっと狭くなって邪魔なのだろうと目撃者は勝手に思ってもくれる)。つまりこの網戸は、被害者宅から公園へと犯人をいざなう水先案内人の役割を果たしたのである。この網戸があったから、犯人は白昼の脱出劇を見事成功させたのだ(仮に目撃者が存在したとしても、大掃除中と解釈して全く印象に残らなかった可能性がある。また、祖師谷公園は大きな公園であるから、集客力があるわけだが、目撃者がある程度遠方から来訪していた場合など、自分が事件現場裏手に佇んでいたことを認識していないことも考えられる)。それはまた、犯人の精神状態を落ち着かせる効果をも、もたらしたに違いない。小道具を用い、演じて見せることで、犯人は慌てつつも自信をもって逃走することが出来たのだ。

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