ほうよう | はるかなる楽園

はるかなる楽園

それは、何処かのもう一つの世界のもう一つの物語たち・・・・。



三時過ぎ、愛子さんのデイケアが終わり、
おれはクリニックから愛子さんを連れ出す。
愛子さんは誰にも内緒にしている疾患が最近あるみたいだからだ。

中学生の頃の友人・巨漢の久保田が運転席でエンジンをかけて待機する白いルートバンに乗り込む。
久保田は白い肌に玉の様な汗をかいて何か興奮している。
おれが久保田の横に座り、左端に愛子さんが座る。
愛子さんの細く小さなお尻と太腿がおれの左側に接触する。
愛子さんに症状はどうかと聞くと「もう右側の感覚が無いの」と言う。

何時間も車で移動し、夜、最後の高速を降りて海沿いの大きな商業施設の中の34Fの病院へ向かう。
巨漢の久保田は”うおおおおおお”と叫び
おれよりも早く走り、手続きを済ませてくれた。

愛子さんが出演するダンスショーに間に合わなくては!
愛子さんは車の中で待っている。

その病院は万病に効く一つだけの薬を扱うだけだが、効能は確かだ。
その薬は七色に輝く石で、患者が石を握り締め、七色が身体に移れば疾患は消える。

愛子さんに七色の石を渡すと、愛子さんはみるみる元気になった。

おれたちは急いで愛子さんの出演するダンスホールへ向かった。

ダンスホールの関係者入り口は、まるで古い木造アパートのベランダみたいな所でよじ登らなければならない。
巨漢の久保田は白いルートバンから離れたがらない。
おれは愛子さんを入り口に持ち上げて中へと送る。
最後に押し上げた時に掌を踏み台にした愛子さんの右足は頼り無く小さかった。

おれも入り口をよじ登り入ると雑然とした和室に
どう見ても十代後半のスタッフの少年達と、
ダンス衣装を着た少女達が居ておれを労ってくれた。

その中に、あの夏の日に一緒に九階建ての熱帯魚屋に行った”なゆら”さんが居た。
なゆらさんは円らな目にアイラインを引いて、舞台に立つには少し控え目な化粧をしていた。
けれど、なゆらさんよりも今は愛子さんの事が気がかりだ。

おれを尻目に愛子さんは
「あたし4:20まで公演だから」と言って足早に狭い急な階段を上がって行った。
おれも後を追おうとしたが、
スタッフの少年に「客席が狭いですから。」と言われその楽屋であろう場所に留まった。
おれは疲れが、どっと出て踏み場の少ない楽屋の空いている所を見つけ大の字になって寝た。
ねぼけて浅く目覚めたら、おれの右腕の上にスタッフの少年が座っている。
少し血の流れが痺れる。
少年は気付くと「あ、すみません」と悪びれずに言った。
なゆらさんの頭蓋骨は小さく、育ちきった身長以外は中学生みたいだった。
始終、なゆらさんはおれを何処か名残惜しそうに見ていてくれた。

イベントが終わり、VIPルームの大きな和室に通される。部屋はアジア小料理屋みたく装飾と照明が施されていた。
薄暗く雰囲気がいい。
余興として宴席の一部で派手なコスプレをしたキャットファイトが行われていた。
おれは愛子さんの家族の座る席へ招かれた。

愛子さんのお母さんは大きな身体をしていて、大きな身振りで知らない言葉でおれに何かお礼を言っている。

愛子さんが着替えて戻ってきた。
おれは愛子さんに「だいすきだよ」と言って愛子さんを抱き上げた。
愛子さんのあばら骨は狭く、身体は軽く、ちいさく、おれは甘苦しさでいっぱいになった。

そうして打ち上げは終わった。

関係者出口へ至るとき、おれは「あなたは失う程に、その美しさは増してゆきますよ。歳とともに。」と、
中でも飛び切り幼い顔の少年に言われた。