エロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の都知事を除かなければならぬと決意した。
エロスには女がわからぬ。エロスは童貞である。
床にちんこをこすりつけ、オナホールと遊んで暮して来た。
けれども刺激に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明エロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたコミケにやって来た。
エロスには父も、母も無い。脳内にしか女房はない。
十六の、昔は腐女子だったが今ではヤリマンとなった妹と二人暮しだ。
この妹は、村の或るリア充を、近々、花婿として迎える事になっていた。
結婚式も間近かなのである。
それゆえ、妹がエロスを花婿に会わせたくないとして追い出されたのだ。
先ず、なのはの同人誌を買い集め、それからコミケをぶらぶら歩いた。
エロスには竹馬の友があった。センズリティウスである。
今は東京で、派遣工をしている。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにエロスはコミケの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、コミケ全体が、やけに寂しい。
エロスの好きな幼女レイプ物がほとんどなかった
路で逢ったキモオタをつかまえて、何かあったのか、二年まえにコミケに来たときは、オタクたちでも皆が目を血走らせながら同人誌を漁り、コミケは賑やかであった筈だが、と質問した。
キモオタは、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて年を重ねた鉄オタに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。鉄オタは答えなかった。エロスは両手で鉄オタのからだをゆすぶって質問を重ねた。
鉄オタは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた「都知事は我々を規制しておるのです」
「なぜなのだ。」
「青少年健全育成条例と言う物のせいです。子供たちに安易に成人向けの漫画を見せないためとだけれども元々誰も子供にそのような書物はさらしてはおりませぬ」
「たくさんのおたくたちを(性的な意味で)殺したのか。」
「はい、はじめは漫画をそれからアニメをそしてネットを。そしてそのような作品を作る者たちを。反対する者はみな逮捕されます」
「おどろいた。都知事は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。青少年の健全な成長を阻害するおそれがある(笑)、というのです。このごろは、非実在青少年の年齢が18以下の性交を描いただけで捕まります。幼女なんてもってのほかです」
聞いて、エロスは激怒した。
「呆れた都知事だ。生かして置けぬ。」
エロスは、単純な男であった。コミケの袋を、持ったままで、のそのそ都庁へと入って行った。
たちまち彼は、都知事の取り巻きに捕縛された。
調べられて、エロスの懐中からは幼女が触手に肛虐される同人誌が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。
エロスは、都知事の前に引きずり出された。
「この同人誌で何をするつもりであったか。言え!」
暴君イシハラは静かに、問い詰めた。
都知事の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「オタク達を暴君の手から救うのだ」とエロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」都知事は嘲笑した。
「仕方の無いやつじゃ。お前には、わしの理念がわからぬ」
「言うな!」とエロスは、いきり立って反駁した。
「人の性癖を否定するのは、最も恥ずべき悪徳だ。都知事は、オタク達の(孤独な)性活をさえ疑っておられる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、他の表現者たちだ。
オタク共の心は、あてにならない。人間は、もともと性慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」
都知事は落ち着いて呟き、溜息をついた。
「わしだって、表現の自由は認めたいと思っているのだが。」
「何のための規制だ。己の陰茎が立たぬからか」今度はエロスが嘲笑した。
「罪の無いオタク共を(性的な意味で)殺して、何が表現の自由を認めるだ。」
「だまれ、キモオタ」都知事はさっと顔を挙げて報いた
「口では、どんな清らかなことでも言える。わしには、人の性癖の奥底が見え透いてならぬ。
おまえだって、いまここで逮捕され警察に家宅捜索されマスゴミ共に性癖を暴露されても知らんぞ」
「ああ、都知事は愚かだ。いまさら私の性癖を世間に暴露されても恥じるものなど何もない。ただ、――」
と言いかけて、エロスは足もとのなのはふたなり本へ視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、逮捕までに三日間の日限を与えて下さい。コミケで買ったエロゲーを家でゆっくり攻略したいのです三日のうちに、私は家でエロゲーを見て、必ず、ここへ帰ってきます。」
「エロゲー。」とイシハラは、嗄れた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。我慢できないのです。」エロスは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許してください。妹は、別に私の帰りを待ってはいないが。
そんなに私を信じられないならば、よろしい。この市にセンズリティウスという派遣工がいます。
私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いていこう。
彼は50Gを超える児童ポルノを持っております
私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰ってこなかったら、
あの友人を逮捕してください。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて都知事は、そっとほくそえんだ。
生意気なことを言うわい。どうせ帰ってこないに決まっている。
このオタクにだまされた振りをして、傷ついて見せるのも面白い。
そうして騙されたのだとマスコミどもを集めて、
これだからオタクは駄目だと世間へネガキャンするのも心地いい
世の中の表現の自由と己の性癖を混同してる連中に、うんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代わりを呼ぶがいい。三日目には日没までに帰って来い。
おくれたら、その身代わりを、きっと(世間的な意味で)殺すぞ。
ちょっとおくれて来るがいい。お前の性癖は、永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。逮捕が怖かったら、遅れて来い。お前の心は、わかっているぞ。」
エロスは口惜しく、地団太踏んだ。ものも言いたくなかった。
竹馬の友、センズリティウスは、深夜、虎の穴に召された。
暴君イシハラの面前で、エロスと、最近派遣切りにあったらしい友は、二年ぶりに相逢うた。
エロスは、友に一切の事情を語った。
センズリティウスは露骨に嫌な顔をし、エロスが持っている秘蔵の同人誌の存在をちらりとにおわせ
エロスに、帰ってこなければわかっているなと囁いた。
友と友の間には、お互いばれてはいけない性癖があった。
センズリティウスは、縄打たれた。
エロスはすぐに出発した。夏の盆に近いころである。
エロスはその夜、終電を逃してしてしまい、村へ到着したのは翌くる日の午前、日は既に高く昇って、街の者たちは仕事を始めていた。
エロスの十六の妹は、今日はエロスがいなかったので、堂々と部屋にリア充の彼氏を連れ込んでいた。
始発で帰ってきたエロスの、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。
そうして、絶対に彼氏のまえに顔を出すなと罵声を浴びせた。
「うるさい」エロスは、妹の対応に腹が立ち、無理にでもリア充の彼を一目見てやろうと努めた。
「頼むから、しばらく漫画喫茶かどこかへ出かけていてくれ。お前のような兄がいると、彼氏に知られたくないのだ」
妹はそう言ってエロスに金を差し出した。
エロスは金を受け取りながら言った
「嬉しいか。リア充を家に連れ込んで。さあこれから言って彼氏に伝えてやろううちの妹はもともと男の尻穴に肉棒を入れたイラストを描いていた腐女子だったと」
過去を消し去りたい妹は渋々と押し黙り、憎々しげにならば自分の部屋にいてくれと哀願した
エロスはまた、よろよろと歩き出し、部屋へ帰ってコミケで買った同人誌を読みながらお菓子を食べ、
間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは夕方だった。エロスは起きてすぐギシアンの音がうるさいため、妹の部屋を訪れた。
そうして、せっかくだからやっぱりリア充の彼氏に注意させてくれ、と頼んだ。
妹は驚き泣き叫び、それはいけない、こちらにはまだエロスを彼氏に会わせる覚悟が出来ていない、次の機会まで待ってくれ、と答えた。
エロスは、待つことは出来ぬ、どうか今顔を見せてくれ給え、とさらに押してたのんだ。
妹も頑固であった。なかなか承諾してくれない。
5分ほど議論を続けたが、どうにも、妹を説き伏せることはできなかったので、エロスは壁越しに聞こえる物音に、全神経を集中した。
おセックスは、またもや行われた。
妹と彼氏の、(おそらくは)何回か数えきれない性交が始まったころ、たちまち黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
エロスは、何か不吉なものを感じたが、それでも一人で気を引きたて、狭い部屋の中でむんむん蒸し暑いので服を脱ぎ、同人誌を読み、お菓子を食べた。
エロスは、買った同人誌のストーリーに没頭し、しばらくは、都知事との約束さえ忘れていた。
おセックスは、夜に入っていよいよ乱れ激しくなり、エロスは、外の豪雨を気にしているどころではなくなった。
エロスはいつから妹と仲が悪くなったのかを思い出そうとしていた
思春期に入り妹の下着を履いていたことがばれたからであろうか、2chなどという低俗な掲示板で妹の下着に精子をかけた写真をうpしたのがばれたせいだからであろうか。
心当たりが多すぎてどれかとは特定して言えなかった
エロスは、まあ過ぎ去ったことは考えず、気長にいこうと決意した。
妹に嫌われたとしても、別にほとんど口を聞いてないから今更エロスの性活には関係ないではないか。
妹に好かれる兄貴など漫画やライトノベルの世界でしかありえない話なのだ
このように無駄な思考をしてエロスは少しでも長く、この家に(パラサイト的な意味で)愚図愚図とどまっていたかった。
エロスほどの男にも、やはり人恋しさの情というものはある。
エロスは今宵呆然、快楽に酔っているらしい妹の部屋にだしぬけに押し入ると、
「おセックスできておめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐにエロゲーをする。
コミケで買ったエロゲーなのだ。まだセックスをしたくても、私がゆっくりとエロゲーを楽しめないので、我慢をしなければならない。
お前の兄の、一番嫌いなものは、パソコンを見ているのを邪魔されることと、それから、自慰をしているときに勝手に部屋に入られることだ。
おまえも、それは知っているね。私がエロゲーをするのを、決して邪魔してはならぬ。お前に言いたいのは、それだけだ。
おまえの兄は、たぶん偉い漢なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」
妹は、まさかの展開に呆然としながら全裸で肯いた。エロスは、それから初めてあったリア充の彼氏の肩をたたいて、
「リア充なのはお互い様さ。私にも、あなたのような時期があった。
だが、今は無職で童貞だ。妹はあげよう。だが、この家でおセックスをするのは勘弁してくれ」
リア充の彼氏はそれを聞いて固まっていた。
エロスは笑って二人に会釈して、部屋から立ち去り、布団にもぐりこんで死んだように眠った。
眼が覚めたのはあくる日の昼前の頃である。
エロスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、いや、まだまだ大丈夫、
これからすぐにパソコンをつければ、十分間に合う。
今日は是非とも、買ったエロゲーの全てのルートを攻略しよう
そうして笑って2ちゃんに書き込みをしてやる。
妹も彼氏もどこかへ行ったようでエロスは一人、遅い朝食を取り悠々と部屋に戻った。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。
身支度はできた。さて、エロスはぶるんと脂肪のついた両腕を大きく振って、パソコンの、スイッチを入れた―――
が、とんでもないことに気づいた
―――家の、パソコンが、故障していた。すぐにエロスは走りだした。最寄りの漫画喫茶まで走るのだ。
エロゲーを見るために走るのだ。そして自慰をするために走るのだ。
走らねばならぬ。そうして、私はエロゲーを見る。
若い時から操を守れ(半ば意思に反して)。時間よ、止まれ。
それほど若くも無いエロスは、(主に体力的に)辛かった。
幾度か、立ち止まって休んだ。
えい、えいとiPODの電波ソングを聞きながら走った。
家を出て、道路を横切り、交差点をくぐり抜け、漫画喫茶についた頃には昨日からの雨も止み、日は高く昇ってそろそろ暑くなってきた。
エロスは額の汗をハンカチでぬぐい、ここまで来れば大丈夫、エロゲーは目前だ。
今日は何か約束があった気がする、否、私にはいま、なんの気がかりもないはずだ。
エロゲーさえ出来れば、それでよいのだ。
そんなにあわてる必要も無い、落ち着いて見よう、と持ち前の呑気さを取り戻し、好きなアニメソングをいい声で歌いだした。
カウンターをくぐり、ブースに入り、パソコンのスイッチを押したところ、振って沸いた災難、エロスの手ははたと、止まった。
見よ、眼前のパソコンを。ウィンドウズVISTAではないか
買ったエロゲーはVISTAには対応していない
エロスは呆然と立ちすくんだ。
あちこちと眺め回し、声を限りに店員を呼んでみたが、店員はそっけない対応だった
刻限はいよいよ、迫り、注文した3時間パックが切れようとしている。
エロスはその場にうずくまり、涙を流しながら店員に手を挙げて哀願した。
「ああ、XPのパソコンを持ってきたまえ!時は刻々に過ぎていきます。
今見ることができなかったら、私の我慢していた性欲がはち切れそうなのです。」
とんでもない客が来たものだと店員はカウンターに引きこもり、警察を呼ぼうかと相談し始めた
エロスがいくら抗議しようとドアは硬く閉ざされたまま、そうして時は、刻一刻と消えていく。
今はエロスも覚悟した。店長に直談判するより他に無い。
ああ、誰も照覧あるな!困難にも負けぬ性欲と欲望の偉大な力を、いまこそ発揮してみせる。
エロスは、むんずと腕まくりし、鍵のかかったスタッフルームのドアを相手に、必死の闘争を開始した。
満身の力を腕にこめて、しっかりと閉じたドアを、なんのこれしきと外そうとし、
めくらめっぽう獅子奮迅の見慣れぬエロスの姿には、周囲の客も不審と思ったか、ついに通報されてしまった。
おまわりさんこっちですという声に追われつつも、なんとか、逃れることが出来たのである。
ありがたい。エロスは腹にたまった脂肪を震わせ、すぐまた先を急いだ。
一刻といえどむだには出来ない。XPが置いてある漫画喫茶に行かねば。
陽は既に西に傾きかけている。
ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、
突然、目の前に二人組の警察官が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は今から漫画喫茶に行かねばならないのだ。放せ。」
「どっこい放さぬ。職務質問だ。」
「私は不審なものではない。間に合っている」
「先ほど通報された不審者の容貌が君と酷似している。おとなしく交番に来たまえ」
「さては、さっきの通報で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。
」
官憲たちは、ものも言わず一斉に襲いかかった。
エロスはひょいとからだを折り曲げ、猪の如く身近の一人に襲い掛かり、ポケットの警棒を奪い取って、「気の毒だが(自分の)性癖のためだ!」と猛然一撃、たちまち二人を殴り倒し、さっさと走って峠を下った。
一気に峠を駆け下りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照ってきて、
エロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
立ち上がることが出来ぬのだ。天を仰いで、悔し泣きにないた。
ああ、官憲の手を振り切り、韋駄天、ここまで突破してきたエロスよ。
真の勇者、エロスよ。今ここで、疲れきって動けなくなるとは情けない。
愛するエロゲーを、お前が足を止めたばかりに、見逃さねばならぬ。
おまえは、リアルタイムでクリアできるのあの雰囲気を感じられない、他人が攻略した動画を見ることなるのだぞと自分を叱ってみるのだが、
全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
路傍のベンチにごろりと寝転がった。
身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もう、どうでもいいという、エロスに似合いの不貞腐れた根性が、心の隅に巣食った。
私は、これほど努力したのだ。
買ったエロゲーを攻略しなくて良いとは、微塵も思わなかった。
神も照覧、私は精一杯に努めてきたのだ。
動けなくなるまで走ってきたのだ。
私は(作品の熱狂的なファンの意味で)不信の徒ではない。
ああ、出来るなら私の胸を断ち割って、真紅の心臓をお目にかけたい。
愛(キャラへの)とドロドロの血液(脂肪分の摂り過ぎ)だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
けれども私は、この大事なときに、精も根も尽きたのだ。
私は、よくよく不幸な男だ。
私は、きっと笑われる。
私の一家に(なんでそこまで二次元の世界に夢中なのだと)笑われる。
私はエロゲーを出来なかった。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じことだ。
ああ、もうどうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。
愛すべき二次元よ、許してくれ。君は、いつでも私を楽しませた。私も君に、かなりの金額をつぎ込んだ。
私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。一度だって、割れ厨などの邪道に走ることはなかった。
今だって、君は無心に(画面の中)媚態を待っているだろう。ああ、待っているだろう。
ありがとう、二次元。よくも私を楽しませてくれた。それを思えば、たまらない。
友(製作者)と友(視聴者)の間の真実は、この世で一番誇るべき宝なのだからな。
二次元よ、私は走ったのだ。君を欺くつもりは微塵も無かった。信じてくれ!
私は急ぎに急いでここまできたのだ。官憲の手を突破した。
ハするりと抜けて一気に峠を駆け下りてきたのだ。
私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私を誘惑するな。放って置いてくれ。ニコニコ動画の実況プレイで、いいのだ。
私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。
先刻、自分の中の悪魔が、ネットの実況でもいいじゃないか、囁いた。
コミケに行くことの出来なかった地方の人間といっしょでも、いいじゃないかと誘惑した。私は、自分の弱さを恥じた。
けれども、今になってみると、私は悪魔の言うままになっている。私は、2chに接続するだろう。
掲示板の同好の志は独り合点して私を笑い、そうして私を軽蔑するだろう。
そうなったら私は、死ぬより辛い。私は永遠にファンとして裏切り者だ。
地上で最も、不名誉のファンだ。
二次元だけが私を裏切らなかったのに。いや、それも私のひとりよがりか?
ああ、もういっそ、エロゲーなど捨ててリア充として生きてみようか?
センズリティウスでさえ彼女がいる。妹はヤリマンだ。
周りの連中は、今更私がリア充になったところで追い出すようなことはしないだろう。
アニメだの、漫画だの、ゲームだの、考えてみれば、くだらない。
そんなものを卒業して色恋に現を抜かす。それがリア充社会の定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと耳に、潺々、音楽の流れるのが聞こえた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。
耳に刺したままのイヤホンから、電波ソングが流れているらしい。
よろよろ起き上がって、よく聞くと、まさに今さっきまで見ようとしていた、エロゲーの前の作品のオープニングが流れていたのである。
その曲に神経を集中するようにエロスは目を瞑った。
今まで展開されてきた数々のルートが脳裏をかすめた。
泣けて抜けて、鬼畜ルートもありNTRもあった
ほうと長いため息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。歩こう。精神の疲労回復と共に、わずかながら希望が生まれた。
(ファンとしての)義務遂行の希望である。
わが身を殺して、エロゲーにかける希望である。
斜陽は赤い光を、木々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。
ネット実況でいい、などと妥協したことは言っていられぬ。
可能性がある限り、信じて行動せねばならない。
今はただその一事だ。走れ!エロス。
私はエロゲーをする。私はエロゲーをする。
先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。
五臓が疲れているときは、ふとあんな悪い夢を見るものだ。
エロス、お前の恥ではない。やはり、お前は真の勇者だ。
再び立って走れるようになったではないか。ありがたい!
私は、ファンの矜持を示すことができるぞ。
ああ、時が過ぎる。どんどん過ぎる。
待ってくれ、ゼウスよ。ところで私は生まれた時から童貞であった。
童貞のまま死なせるのだけは勘弁してください。
路行く人を押しのけ、跳ね飛ばし、絡まれそうになりながらもエロスは坂道を転げ落ちるボールのごとく走った。
少しずつ沈んでゆく太陽の、10倍も早く走った。
一団の酔っ払いたちとさっとすれ違った瞬間、不吉な会話を小耳に挟んだ。
「今頃は、あの派遣工も、逮捕されているよ。」
ああ、その派遣工、その男のことをすっかり失念していた。
でもとりあえずエロゲーをせねばならない。
急げ、エロス。おくれてはならぬ。
買ったエロゲー以外は、どうでもいい。
エロスは、いまは、ほとんど餓えた性獣のようだった。
呼吸も出来ず、二度三度、口から血が吹き出た。
見える。はるか向こうに小さく、目的の街が見える。
新宿のビルの群れは、夕日を受けてきらきら光っている。
「ああ、エロス様。」うめくような声が、風と共に聞こえた。
「誰だ。」エロスは走りながら尋ねた。
「フェラストラトスでございます貴方のお友達センズリティウスの同僚でございます。」
その若い派遣工も、エロスの後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。無駄でございます。走るのは、やめてください。
もう、あの方をお助けになることはできません」
「いや、それより家は近い?ちょっとパソコン使わせてくれない?
買ったエロゲーしたいんだ」
「ちょうど今、あの方がマスコミを呼ばれ家宅捜索にかけられるところなのに。
ああ、あなたはエロゲーなどと。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、常識があったら!」
「いや、とりあえずパソコン持ってるの?」エロスはいらいらしながら、フェラストラトスを睨み付けた。
こいつに頼るより他は無い。
「やめて下さい。エロゲーなど我慢してください。今は友人を大事にするところでしょう。
あの方は、貴方をあまり信じてはいないようでしたが警官たちに囲まれると、やっぱり自分じゃなくてエロスを逮捕しろと喚いておりました。
都知事がさんざんあの方をからかうと、エロスは買ったエロゲーを優先しますとだけ答えて、悲しげな様子でございました。」
「・・・・・・それだから、走るのだ。2次元は裏切らないから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
パソコンは持ってるのか、どうなのだ!フェラストラトス」
「ああ、あなたは気が狂ったか。仕方ない、私のネットブックを使わせよう。センズリティウスも、なんでこんなのと友達になったんだか」
言うにや及ぶ。無線LANのある場所を探し、最後の死力を尽して、エロスは走った。エロスの頭は、からっぽだ。
エロゲーのことしか考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。
しぶしぶながら無線LANの場所へ案内するフェラストラトスを急がせ、
エロスは疾風のごとくエロゲーをダウンロードさせた。間に合った――――
――――待て!その人を(世間的な意味で)殺してはならぬ。エロスが帰ってきた。約束のとおり、いま、帰ってきた。」
と大声でマスコミたちに叫んだつもりであったが、
喉がつぶれてしわがれた声が幽かに出たばかり、マスコミたちは、ひとりとしてエロスの到着に気づかない。
すでに数人の官憲がセンズリティウスを取り囲み、交番へと連れて行こうとしている。
エロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、官憲に攻撃したように官憲共を掻き分け、掻き分け、
「私だ、イシハラ!逮捕されるべきは、私だ。エロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
とかすれた声で精一杯に叫びながら、ついに官憲の群れに追いつき、彼らの前に立ちふさがった。
マスコミは、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。
センズリティウスの囲みは、とかれたのである。
「センズリティウス。」エロスは眼に涙を浮かべて言った。
「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は正直君よりエロゲーの事のほうが大事であった。
今来たのもさっきダウンロードしたエロゲーとアニメのDVDを間違えて持ってきたことに気づいたから此処に来ただけだ
君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。あ、殴るっていっても少し弱くね」
センズリティウスは、すべてを察した様子で首肯き、力一ぱいに鳴り響くほど音高くエロスの右頬を殴った。殴ってから終始申し訳なさそうな表情で、
「エロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間逮捕されないようにと君が隠し持ってる秘蔵の児ポのDVDのアリカをことどとくしゃべってしまった。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
エロスは足元に落ちていた石を拾ってセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう友よ」二人は本心ではないがそう言い、一応表向きに抱き合った。それから小声で互いの秘密を再確認した。
マスコミの中からも、歔欷の声が聞えた。暴君イシハラは、群集の背後から二人の様を、
まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、誤解したのか、こう言った。
「おまえらの望みは叶(かな)ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。オタクとは、決して自分のことしか考えていない不埒な存在ではなかった。見ていて昔の情熱を思い出した気がした
どうか今度、わしの願いを聞き入れてオススメのエロゲーでも教えてくれまいか。かつての障子を破るほどの気力はないがな」
どっと群衆の間に、笑い声が起った。
「万歳、イシハラ都知事万歳。」
皆が万歳三唱しているなか、ひとりのアグネスと名乗る中年女性が、近づいてきてエロスとセンズリティウスに手錠をかけた。
エロスたちは、まごついた。
「石原都知事はあなたがたの罪を許したつもりですが私は貴方がたが児童に害をなす書物を持っていることを知っています。なのでここであなたがたを児ポ法違反の罪で逮捕させてもらいます」
エロスたちの目の前が真っ暗になった。
エロスには女がわからぬ。エロスは童貞である。
床にちんこをこすりつけ、オナホールと遊んで暮して来た。
けれども刺激に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明エロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれたコミケにやって来た。
エロスには父も、母も無い。脳内にしか女房はない。
十六の、昔は腐女子だったが今ではヤリマンとなった妹と二人暮しだ。
この妹は、村の或るリア充を、近々、花婿として迎える事になっていた。
結婚式も間近かなのである。
それゆえ、妹がエロスを花婿に会わせたくないとして追い出されたのだ。
先ず、なのはの同人誌を買い集め、それからコミケをぶらぶら歩いた。
エロスには竹馬の友があった。センズリティウスである。
今は東京で、派遣工をしている。
その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。
久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにエロスはコミケの様子を怪しく思った。
ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、コミケ全体が、やけに寂しい。
エロスの好きな幼女レイプ物がほとんどなかった
路で逢ったキモオタをつかまえて、何かあったのか、二年まえにコミケに来たときは、オタクたちでも皆が目を血走らせながら同人誌を漁り、コミケは賑やかであった筈だが、と質問した。
キモオタは、首を振って答えなかった。
しばらく歩いて年を重ねた鉄オタに逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。鉄オタは答えなかった。エロスは両手で鉄オタのからだをゆすぶって質問を重ねた。
鉄オタは、あたりをはばかる低声で、わずか答えた「都知事は我々を規制しておるのです」
「なぜなのだ。」
「青少年健全育成条例と言う物のせいです。子供たちに安易に成人向けの漫画を見せないためとだけれども元々誰も子供にそのような書物はさらしてはおりませぬ」
「たくさんのおたくたちを(性的な意味で)殺したのか。」
「はい、はじめは漫画をそれからアニメをそしてネットを。そしてそのような作品を作る者たちを。反対する者はみな逮捕されます」
「おどろいた。都知事は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。青少年の健全な成長を阻害するおそれがある(笑)、というのです。このごろは、非実在青少年の年齢が18以下の性交を描いただけで捕まります。幼女なんてもってのほかです」
聞いて、エロスは激怒した。
「呆れた都知事だ。生かして置けぬ。」
エロスは、単純な男であった。コミケの袋を、持ったままで、のそのそ都庁へと入って行った。
たちまち彼は、都知事の取り巻きに捕縛された。
調べられて、エロスの懐中からは幼女が触手に肛虐される同人誌が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。
エロスは、都知事の前に引きずり出された。
「この同人誌で何をするつもりであったか。言え!」
暴君イシハラは静かに、問い詰めた。
都知事の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。
「オタク達を暴君の手から救うのだ」とエロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」都知事は嘲笑した。
「仕方の無いやつじゃ。お前には、わしの理念がわからぬ」
「言うな!」とエロスは、いきり立って反駁した。
「人の性癖を否定するのは、最も恥ずべき悪徳だ。都知事は、オタク達の(孤独な)性活をさえ疑っておられる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、他の表現者たちだ。
オタク共の心は、あてにならない。人間は、もともと性慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」
都知事は落ち着いて呟き、溜息をついた。
「わしだって、表現の自由は認めたいと思っているのだが。」
「何のための規制だ。己の陰茎が立たぬからか」今度はエロスが嘲笑した。
「罪の無いオタク共を(性的な意味で)殺して、何が表現の自由を認めるだ。」
「だまれ、キモオタ」都知事はさっと顔を挙げて報いた
「口では、どんな清らかなことでも言える。わしには、人の性癖の奥底が見え透いてならぬ。
おまえだって、いまここで逮捕され警察に家宅捜索されマスゴミ共に性癖を暴露されても知らんぞ」
「ああ、都知事は愚かだ。いまさら私の性癖を世間に暴露されても恥じるものなど何もない。ただ、――」
と言いかけて、エロスは足もとのなのはふたなり本へ視線を落し瞬時ためらい、
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、逮捕までに三日間の日限を与えて下さい。コミケで買ったエロゲーを家でゆっくり攻略したいのです三日のうちに、私は家でエロゲーを見て、必ず、ここへ帰ってきます。」
「エロゲー。」とイシハラは、嗄れた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。我慢できないのです。」エロスは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許してください。妹は、別に私の帰りを待ってはいないが。
そんなに私を信じられないならば、よろしい。この市にセンズリティウスという派遣工がいます。
私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いていこう。
彼は50Gを超える児童ポルノを持っております
私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰ってこなかったら、
あの友人を逮捕してください。たのむ、そうして下さい。」
それを聞いて都知事は、そっとほくそえんだ。
生意気なことを言うわい。どうせ帰ってこないに決まっている。
このオタクにだまされた振りをして、傷ついて見せるのも面白い。
そうして騙されたのだとマスコミどもを集めて、
これだからオタクは駄目だと世間へネガキャンするのも心地いい
世の中の表現の自由と己の性癖を混同してる連中に、うんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代わりを呼ぶがいい。三日目には日没までに帰って来い。
おくれたら、その身代わりを、きっと(世間的な意味で)殺すぞ。
ちょっとおくれて来るがいい。お前の性癖は、永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。逮捕が怖かったら、遅れて来い。お前の心は、わかっているぞ。」
エロスは口惜しく、地団太踏んだ。ものも言いたくなかった。
竹馬の友、センズリティウスは、深夜、虎の穴に召された。
暴君イシハラの面前で、エロスと、最近派遣切りにあったらしい友は、二年ぶりに相逢うた。
エロスは、友に一切の事情を語った。
センズリティウスは露骨に嫌な顔をし、エロスが持っている秘蔵の同人誌の存在をちらりとにおわせ
エロスに、帰ってこなければわかっているなと囁いた。
友と友の間には、お互いばれてはいけない性癖があった。
センズリティウスは、縄打たれた。
エロスはすぐに出発した。夏の盆に近いころである。
エロスはその夜、終電を逃してしてしまい、村へ到着したのは翌くる日の午前、日は既に高く昇って、街の者たちは仕事を始めていた。
エロスの十六の妹は、今日はエロスがいなかったので、堂々と部屋にリア充の彼氏を連れ込んでいた。
始発で帰ってきたエロスの、疲労困憊の姿を見つけて驚いた。
そうして、絶対に彼氏のまえに顔を出すなと罵声を浴びせた。
「うるさい」エロスは、妹の対応に腹が立ち、無理にでもリア充の彼を一目見てやろうと努めた。
「頼むから、しばらく漫画喫茶かどこかへ出かけていてくれ。お前のような兄がいると、彼氏に知られたくないのだ」
妹はそう言ってエロスに金を差し出した。
エロスは金を受け取りながら言った
「嬉しいか。リア充を家に連れ込んで。さあこれから言って彼氏に伝えてやろううちの妹はもともと男の尻穴に肉棒を入れたイラストを描いていた腐女子だったと」
過去を消し去りたい妹は渋々と押し黙り、憎々しげにならば自分の部屋にいてくれと哀願した
エロスはまた、よろよろと歩き出し、部屋へ帰ってコミケで買った同人誌を読みながらお菓子を食べ、
間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
目が覚めたのは夕方だった。エロスは起きてすぐギシアンの音がうるさいため、妹の部屋を訪れた。
そうして、せっかくだからやっぱりリア充の彼氏に注意させてくれ、と頼んだ。
妹は驚き泣き叫び、それはいけない、こちらにはまだエロスを彼氏に会わせる覚悟が出来ていない、次の機会まで待ってくれ、と答えた。
エロスは、待つことは出来ぬ、どうか今顔を見せてくれ給え、とさらに押してたのんだ。
妹も頑固であった。なかなか承諾してくれない。
5分ほど議論を続けたが、どうにも、妹を説き伏せることはできなかったので、エロスは壁越しに聞こえる物音に、全神経を集中した。
おセックスは、またもや行われた。
妹と彼氏の、(おそらくは)何回か数えきれない性交が始まったころ、たちまち黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
エロスは、何か不吉なものを感じたが、それでも一人で気を引きたて、狭い部屋の中でむんむん蒸し暑いので服を脱ぎ、同人誌を読み、お菓子を食べた。
エロスは、買った同人誌のストーリーに没頭し、しばらくは、都知事との約束さえ忘れていた。
おセックスは、夜に入っていよいよ乱れ激しくなり、エロスは、外の豪雨を気にしているどころではなくなった。
エロスはいつから妹と仲が悪くなったのかを思い出そうとしていた
思春期に入り妹の下着を履いていたことがばれたからであろうか、2chなどという低俗な掲示板で妹の下着に精子をかけた写真をうpしたのがばれたせいだからであろうか。
心当たりが多すぎてどれかとは特定して言えなかった
エロスは、まあ過ぎ去ったことは考えず、気長にいこうと決意した。
妹に嫌われたとしても、別にほとんど口を聞いてないから今更エロスの性活には関係ないではないか。
妹に好かれる兄貴など漫画やライトノベルの世界でしかありえない話なのだ
このように無駄な思考をしてエロスは少しでも長く、この家に(パラサイト的な意味で)愚図愚図とどまっていたかった。
エロスほどの男にも、やはり人恋しさの情というものはある。
エロスは今宵呆然、快楽に酔っているらしい妹の部屋にだしぬけに押し入ると、
「おセックスできておめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐにエロゲーをする。
コミケで買ったエロゲーなのだ。まだセックスをしたくても、私がゆっくりとエロゲーを楽しめないので、我慢をしなければならない。
お前の兄の、一番嫌いなものは、パソコンを見ているのを邪魔されることと、それから、自慰をしているときに勝手に部屋に入られることだ。
おまえも、それは知っているね。私がエロゲーをするのを、決して邪魔してはならぬ。お前に言いたいのは、それだけだ。
おまえの兄は、たぶん偉い漢なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」
妹は、まさかの展開に呆然としながら全裸で肯いた。エロスは、それから初めてあったリア充の彼氏の肩をたたいて、
「リア充なのはお互い様さ。私にも、あなたのような時期があった。
だが、今は無職で童貞だ。妹はあげよう。だが、この家でおセックスをするのは勘弁してくれ」
リア充の彼氏はそれを聞いて固まっていた。
エロスは笑って二人に会釈して、部屋から立ち去り、布団にもぐりこんで死んだように眠った。
眼が覚めたのはあくる日の昼前の頃である。
エロスは跳ね起き、南無三、寝過ごしたか、いや、まだまだ大丈夫、
これからすぐにパソコンをつければ、十分間に合う。
今日は是非とも、買ったエロゲーの全てのルートを攻略しよう
そうして笑って2ちゃんに書き込みをしてやる。
妹も彼氏もどこかへ行ったようでエロスは一人、遅い朝食を取り悠々と部屋に戻った。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。
身支度はできた。さて、エロスはぶるんと脂肪のついた両腕を大きく振って、パソコンの、スイッチを入れた―――
が、とんでもないことに気づいた
―――家の、パソコンが、故障していた。すぐにエロスは走りだした。最寄りの漫画喫茶まで走るのだ。
エロゲーを見るために走るのだ。そして自慰をするために走るのだ。
走らねばならぬ。そうして、私はエロゲーを見る。
若い時から操を守れ(半ば意思に反して)。時間よ、止まれ。
それほど若くも無いエロスは、(主に体力的に)辛かった。
幾度か、立ち止まって休んだ。
えい、えいとiPODの電波ソングを聞きながら走った。
家を出て、道路を横切り、交差点をくぐり抜け、漫画喫茶についた頃には昨日からの雨も止み、日は高く昇ってそろそろ暑くなってきた。
エロスは額の汗をハンカチでぬぐい、ここまで来れば大丈夫、エロゲーは目前だ。
今日は何か約束があった気がする、否、私にはいま、なんの気がかりもないはずだ。
エロゲーさえ出来れば、それでよいのだ。
そんなにあわてる必要も無い、落ち着いて見よう、と持ち前の呑気さを取り戻し、好きなアニメソングをいい声で歌いだした。
カウンターをくぐり、ブースに入り、パソコンのスイッチを押したところ、振って沸いた災難、エロスの手ははたと、止まった。
見よ、眼前のパソコンを。ウィンドウズVISTAではないか
買ったエロゲーはVISTAには対応していない
エロスは呆然と立ちすくんだ。
あちこちと眺め回し、声を限りに店員を呼んでみたが、店員はそっけない対応だった
刻限はいよいよ、迫り、注文した3時間パックが切れようとしている。
エロスはその場にうずくまり、涙を流しながら店員に手を挙げて哀願した。
「ああ、XPのパソコンを持ってきたまえ!時は刻々に過ぎていきます。
今見ることができなかったら、私の我慢していた性欲がはち切れそうなのです。」
とんでもない客が来たものだと店員はカウンターに引きこもり、警察を呼ぼうかと相談し始めた
エロスがいくら抗議しようとドアは硬く閉ざされたまま、そうして時は、刻一刻と消えていく。
今はエロスも覚悟した。店長に直談判するより他に無い。
ああ、誰も照覧あるな!困難にも負けぬ性欲と欲望の偉大な力を、いまこそ発揮してみせる。
エロスは、むんずと腕まくりし、鍵のかかったスタッフルームのドアを相手に、必死の闘争を開始した。
満身の力を腕にこめて、しっかりと閉じたドアを、なんのこれしきと外そうとし、
めくらめっぽう獅子奮迅の見慣れぬエロスの姿には、周囲の客も不審と思ったか、ついに通報されてしまった。
おまわりさんこっちですという声に追われつつも、なんとか、逃れることが出来たのである。
ありがたい。エロスは腹にたまった脂肪を震わせ、すぐまた先を急いだ。
一刻といえどむだには出来ない。XPが置いてある漫画喫茶に行かねば。
陽は既に西に傾きかけている。
ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、
突然、目の前に二人組の警察官が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は今から漫画喫茶に行かねばならないのだ。放せ。」
「どっこい放さぬ。職務質問だ。」
「私は不審なものではない。間に合っている」
「先ほど通報された不審者の容貌が君と酷似している。おとなしく交番に来たまえ」
「さては、さっきの通報で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。
」
官憲たちは、ものも言わず一斉に襲いかかった。
エロスはひょいとからだを折り曲げ、猪の如く身近の一人に襲い掛かり、ポケットの警棒を奪い取って、「気の毒だが(自分の)性癖のためだ!」と猛然一撃、たちまち二人を殴り倒し、さっさと走って峠を下った。
一気に峠を駆け下りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照ってきて、
エロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
立ち上がることが出来ぬのだ。天を仰いで、悔し泣きにないた。
ああ、官憲の手を振り切り、韋駄天、ここまで突破してきたエロスよ。
真の勇者、エロスよ。今ここで、疲れきって動けなくなるとは情けない。
愛するエロゲーを、お前が足を止めたばかりに、見逃さねばならぬ。
おまえは、リアルタイムでクリアできるのあの雰囲気を感じられない、他人が攻略した動画を見ることなるのだぞと自分を叱ってみるのだが、
全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
路傍のベンチにごろりと寝転がった。
身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もう、どうでもいいという、エロスに似合いの不貞腐れた根性が、心の隅に巣食った。
私は、これほど努力したのだ。
買ったエロゲーを攻略しなくて良いとは、微塵も思わなかった。
神も照覧、私は精一杯に努めてきたのだ。
動けなくなるまで走ってきたのだ。
私は(作品の熱狂的なファンの意味で)不信の徒ではない。
ああ、出来るなら私の胸を断ち割って、真紅の心臓をお目にかけたい。
愛(キャラへの)とドロドロの血液(脂肪分の摂り過ぎ)だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
けれども私は、この大事なときに、精も根も尽きたのだ。
私は、よくよく不幸な男だ。
私は、きっと笑われる。
私の一家に(なんでそこまで二次元の世界に夢中なのだと)笑われる。
私はエロゲーを出来なかった。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じことだ。
ああ、もうどうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。
愛すべき二次元よ、許してくれ。君は、いつでも私を楽しませた。私も君に、かなりの金額をつぎ込んだ。
私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。一度だって、割れ厨などの邪道に走ることはなかった。
今だって、君は無心に(画面の中)媚態を待っているだろう。ああ、待っているだろう。
ありがとう、二次元。よくも私を楽しませてくれた。それを思えば、たまらない。
友(製作者)と友(視聴者)の間の真実は、この世で一番誇るべき宝なのだからな。
二次元よ、私は走ったのだ。君を欺くつもりは微塵も無かった。信じてくれ!
私は急ぎに急いでここまできたのだ。官憲の手を突破した。
ハするりと抜けて一気に峠を駆け下りてきたのだ。
私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私を誘惑するな。放って置いてくれ。ニコニコ動画の実況プレイで、いいのだ。
私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。
先刻、自分の中の悪魔が、ネットの実況でもいいじゃないか、囁いた。
コミケに行くことの出来なかった地方の人間といっしょでも、いいじゃないかと誘惑した。私は、自分の弱さを恥じた。
けれども、今になってみると、私は悪魔の言うままになっている。私は、2chに接続するだろう。
掲示板の同好の志は独り合点して私を笑い、そうして私を軽蔑するだろう。
そうなったら私は、死ぬより辛い。私は永遠にファンとして裏切り者だ。
地上で最も、不名誉のファンだ。
二次元だけが私を裏切らなかったのに。いや、それも私のひとりよがりか?
ああ、もういっそ、エロゲーなど捨ててリア充として生きてみようか?
センズリティウスでさえ彼女がいる。妹はヤリマンだ。
周りの連中は、今更私がリア充になったところで追い出すようなことはしないだろう。
アニメだの、漫画だの、ゲームだの、考えてみれば、くだらない。
そんなものを卒業して色恋に現を抜かす。それがリア充社会の定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと耳に、潺々、音楽の流れるのが聞こえた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。
耳に刺したままのイヤホンから、電波ソングが流れているらしい。
よろよろ起き上がって、よく聞くと、まさに今さっきまで見ようとしていた、エロゲーの前の作品のオープニングが流れていたのである。
その曲に神経を集中するようにエロスは目を瞑った。
今まで展開されてきた数々のルートが脳裏をかすめた。
泣けて抜けて、鬼畜ルートもありNTRもあった
ほうと長いため息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。歩こう。精神の疲労回復と共に、わずかながら希望が生まれた。
(ファンとしての)義務遂行の希望である。
わが身を殺して、エロゲーにかける希望である。
斜陽は赤い光を、木々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。
ネット実況でいい、などと妥協したことは言っていられぬ。
可能性がある限り、信じて行動せねばならない。
今はただその一事だ。走れ!エロス。
私はエロゲーをする。私はエロゲーをする。
先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。
五臓が疲れているときは、ふとあんな悪い夢を見るものだ。
エロス、お前の恥ではない。やはり、お前は真の勇者だ。
再び立って走れるようになったではないか。ありがたい!
私は、ファンの矜持を示すことができるぞ。
ああ、時が過ぎる。どんどん過ぎる。
待ってくれ、ゼウスよ。ところで私は生まれた時から童貞であった。
童貞のまま死なせるのだけは勘弁してください。
路行く人を押しのけ、跳ね飛ばし、絡まれそうになりながらもエロスは坂道を転げ落ちるボールのごとく走った。
少しずつ沈んでゆく太陽の、10倍も早く走った。
一団の酔っ払いたちとさっとすれ違った瞬間、不吉な会話を小耳に挟んだ。
「今頃は、あの派遣工も、逮捕されているよ。」
ああ、その派遣工、その男のことをすっかり失念していた。
でもとりあえずエロゲーをせねばならない。
急げ、エロス。おくれてはならぬ。
買ったエロゲー以外は、どうでもいい。
エロスは、いまは、ほとんど餓えた性獣のようだった。
呼吸も出来ず、二度三度、口から血が吹き出た。
見える。はるか向こうに小さく、目的の街が見える。
新宿のビルの群れは、夕日を受けてきらきら光っている。
「ああ、エロス様。」うめくような声が、風と共に聞こえた。
「誰だ。」エロスは走りながら尋ねた。
「フェラストラトスでございます貴方のお友達センズリティウスの同僚でございます。」
その若い派遣工も、エロスの後について走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。無駄でございます。走るのは、やめてください。
もう、あの方をお助けになることはできません」
「いや、それより家は近い?ちょっとパソコン使わせてくれない?
買ったエロゲーしたいんだ」
「ちょうど今、あの方がマスコミを呼ばれ家宅捜索にかけられるところなのに。
ああ、あなたはエロゲーなどと。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、常識があったら!」
「いや、とりあえずパソコン持ってるの?」エロスはいらいらしながら、フェラストラトスを睨み付けた。
こいつに頼るより他は無い。
「やめて下さい。エロゲーなど我慢してください。今は友人を大事にするところでしょう。
あの方は、貴方をあまり信じてはいないようでしたが警官たちに囲まれると、やっぱり自分じゃなくてエロスを逮捕しろと喚いておりました。
都知事がさんざんあの方をからかうと、エロスは買ったエロゲーを優先しますとだけ答えて、悲しげな様子でございました。」
「・・・・・・それだから、走るのだ。2次元は裏切らないから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。
人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。
パソコンは持ってるのか、どうなのだ!フェラストラトス」
「ああ、あなたは気が狂ったか。仕方ない、私のネットブックを使わせよう。センズリティウスも、なんでこんなのと友達になったんだか」
言うにや及ぶ。無線LANのある場所を探し、最後の死力を尽して、エロスは走った。エロスの頭は、からっぽだ。
エロゲーのことしか考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。
しぶしぶながら無線LANの場所へ案内するフェラストラトスを急がせ、
エロスは疾風のごとくエロゲーをダウンロードさせた。間に合った――――
――――待て!その人を(世間的な意味で)殺してはならぬ。エロスが帰ってきた。約束のとおり、いま、帰ってきた。」
と大声でマスコミたちに叫んだつもりであったが、
喉がつぶれてしわがれた声が幽かに出たばかり、マスコミたちは、ひとりとしてエロスの到着に気づかない。
すでに数人の官憲がセンズリティウスを取り囲み、交番へと連れて行こうとしている。
エロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、官憲に攻撃したように官憲共を掻き分け、掻き分け、
「私だ、イシハラ!逮捕されるべきは、私だ。エロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
とかすれた声で精一杯に叫びながら、ついに官憲の群れに追いつき、彼らの前に立ちふさがった。
マスコミは、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。
センズリティウスの囲みは、とかれたのである。
「センズリティウス。」エロスは眼に涙を浮かべて言った。
「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は正直君よりエロゲーの事のほうが大事であった。
今来たのもさっきダウンロードしたエロゲーとアニメのDVDを間違えて持ってきたことに気づいたから此処に来ただけだ
君が若し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。あ、殴るっていっても少し弱くね」
センズリティウスは、すべてを察した様子で首肯き、力一ぱいに鳴り響くほど音高くエロスの右頬を殴った。殴ってから終始申し訳なさそうな表情で、
「エロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間逮捕されないようにと君が隠し持ってる秘蔵の児ポのDVDのアリカをことどとくしゃべってしまった。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
エロスは足元に落ちていた石を拾ってセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう友よ」二人は本心ではないがそう言い、一応表向きに抱き合った。それから小声で互いの秘密を再確認した。
マスコミの中からも、歔欷の声が聞えた。暴君イシハラは、群集の背後から二人の様を、
まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、誤解したのか、こう言った。
「おまえらの望みは叶(かな)ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。オタクとは、決して自分のことしか考えていない不埒な存在ではなかった。見ていて昔の情熱を思い出した気がした
どうか今度、わしの願いを聞き入れてオススメのエロゲーでも教えてくれまいか。かつての障子を破るほどの気力はないがな」
どっと群衆の間に、笑い声が起った。
「万歳、イシハラ都知事万歳。」
皆が万歳三唱しているなか、ひとりのアグネスと名乗る中年女性が、近づいてきてエロスとセンズリティウスに手錠をかけた。
エロスたちは、まごついた。
「石原都知事はあなたがたの罪を許したつもりですが私は貴方がたが児童に害をなす書物を持っていることを知っています。なのでここであなたがたを児ポ法違反の罪で逮捕させてもらいます」
エロスたちの目の前が真っ暗になった。