久しぶりにブログを書く。
無性に書きたい。
昨日森永卓郎さんが亡くなった。
生島ヒロシのおはよう一直線というラジオを聞いて通勤するのが日課だったので、月曜日の森永卓郎さんの話をずーと聞いていた。
もちろん頭の程度は知れているので、経済や政治の話をされてもピンときていないのだが、ミスチルの歌ではないが少し自分が高尚な人種になれた気がしてバスに揺られ窓の外の通勤している人を見るのが通勤の自分にしっくりきていたのだ。
お天気キャスターの長谷部愛さんを起用しているのもお気に入り。
原発不明がんを公表されてから人生の終わりのベルがなっても森永卓郎さんは淡々と自分の課せられた使命を全うされているように思え、京都の萬福のラーメンのように気合の入った言葉を毎週リスナーに届けてくれていた。
今週月曜日最後の一直線で
石破総理がもっと楽しい世の中にしようよって言って世間から無視されているんですけど、どうも私は楽しくないんですよね。
要するに世の中が分断されていてちょっとでも弱みをみせるとみんなで袋叩きにいくって急速に世の中がそうなってる。
互いに批難の応酬してこれで本当にいいのかって。楽しい世の中って実はお互いの思いやりの中に生まれるものだと思うのですよ。
ちょっとでも弱みを見せたら袋叩きにすることは私は心苦しいです。だからみんな人のことを批難しながらいつ自分がターゲットになるかもしれないと怯えているんですよね。でも、それっていい社会なのかなって。。というのはこの1週間自分が弱ってその感覚がどんどん強まってきたのが今の抱えている私の気持ちです。
今政治が変わらなくてはいけないのはどうやったら国民のくらしが豊かになるんですかってそれが国会の役割になると思うのですが、そういうことを言うと温いとか責任回避とか言われちゃうんですが、でもやっぱり日本ってずっーと曖昧な優しさの社会だったんですよ。それを維持していきましょうとか進めていきましょうというのが方向性としては私は正しいと信じているんですよね。
昔ラフカディオハーンが日本の一番すばらしいところは道端にお地蔵さんがあってそのお地蔵さん一人一人が優しいほほえみを携えている。こんないい文化を持った国はほかにはないぞって言っているんですが私はそんな感じなんじゃないかと思うんですよね。
根っこに帰ってみんな支え合おうよっていう風に私は思っています。
と言っておられた。
とても素敵な言葉なのでラジコのタイムフリーで再生しては停止し日記に書き写すという昭和な根性が久しぶりに沸き上がり、そして今10数年ぶりにブログを開き打ち込んでいる。
石破総理は我々の投票が起点となり選ばれた総理なのに、何か言えば温いとか思いがちだが、確かに日本社会に今起こっているのは、誰かがミスすると批難をする社会になりすぎて支えあうという気持ちがなく、それどころか日頃から気に入らない人が何か問題を起こすと批難してしまうところがあるように思える。
石破総理のように日本を変えることはできないが、自分の前の小さな組織だけでも楽しい組織にしようと、一応管理職になったので朝の部会で、仕事は個々に厳しくしなくてはいけないが楽しく働きましょう。それにはお互いの思いやりをもって誰かの事を批難するのではなく誰かの仕事をカバーできるようにしていきましょう。と言ってみた。もちろん森永卓郎さんではないので部員の中には気持ち悪いと思われたかもしれないし、温いこと言ってんじゃねーと思われたかもしれないが、とても素敵な言葉だったのでどうしても部員の言いたくて。
結婚している人なら妻や子供たちを支えあって思いやりの中で家族を育むように、それと似た気持ちを少しでも持って働けばみんなが楽しく働ける組織になれるような気がした。かなりのおっさんで独身の自分がいうのは説得力に欠けるが。
最後に森永卓郎さん毎週楽しみに聞いていました。また、生島ヒロシさんは森永卓郎さんの言葉を遮ることなく聞いておられて、
森永さんの伝えたい言葉を最後まで引き出してくれるいいパーソナリティでした。パワハラやセクハラで降板されたのは残念ですが。。
森永卓郎さんが最後に伝えてくれた言葉は日記に書いたので、時々見返して人を批難しそうな時に思いとどまるよう生きていきます。お疲れ様でした。
Aさん
空知
Bくん
最後の一本