あらかじめ・・・

この記述で、連合系・全労連系を問わず現状の労働組合を擁護するつもりはない。

さらに、公務員は雇用保証がある点(雇用保険の対象ですらない)、給与決定が労使交渉によらない点などから、組合法に規定される労働組合は側わないと考えている。

(憲法の規定する、集会・結社の自由は保証されるが、組合法の庇護に入るのはおかしいという考え方)

このことを前提にお読みいただきたい。


問題の提起

以前にも記した通り、トヨタの労働組合は、3年連続でベースアップ要求を見送っている。

今期、トヨタは過去最高利益を計上しているにも関わらずである。

この問題、トヨタ経営陣が労組の要求に応じなかった・・・

と、いうのならまだ理解できる。

しかし、最高利益を計上しているトヨタ労組ですら、ベースアップ要求を行っていない。

(一時金の満額回答で今年の春闘は妥結した)


つまり・・・

不況時にはリストラを容認し、

好景気時にはベースアップを求めない、

経営に従順な労働組合の姿がここにある。


この姿勢は、組合としておかしくないか?

結論の1つを先に書けば、

私は、必要以上の労使協調は、結果として働く者の立場を守らないと考えている。

そして、ある程度の緊張関係が必要であると・・・


例えば・・・

経営が傾きかけたとき、経営者が労働者のクビを切ろうとする

組合が、それに抵抗する、国会流にいえば代案を出せ!と経営者は叫ぶ、

ここで、組合は、代案を出す必要などない!

会社を経営することで、お金をもらう経営者

労働者の雇用を守ることでお金をもらう組合幹部

立場が異なるのである。

この立場の違いを無視する論調が最近目立つ。

そして、代案を出さないことが無責任とされる・・・


代案を出すことは、同じ土俵を容認することになる。

土俵が容認できない場合、そんな土俵を持出す経営者の責任が問われず、

土俵を認めない側が、批判されるのは、根本的におかしい。


あくまでも、経営を行うのは経営者であって、労働者がそれをしたり顔で、必要以上に慮ることはないのだ。


結果として、上記の経営者がクビを強行するのか、やめるのかは経営判断による。

抵抗しても、ダメなものはダメなのか、それがかなうのか?それはわからない。

しかし、プロセスは、このようなものでなければならない。


経営者が労働者の立場を考え、労働環境や給与、一時金を考えるのは、労働者を働かせることで会社経営が成り立つので当たり前の業務。

しかし、労働者には経営をしたり顔で必要以上に考える必要などない。

何故か?

したり顔で考えるなら、あなたの給与を返上すれば良いのである。

会社への貢献度は、これが一番!


私は、半分騙される形で、無給状態で働きざろう得ないことが過去にあった。

しかし、これは良いことなど1つもない!ことを肌身で知っている

そして、経営のことをしたり顔で考えさせるのが、会社にとって、社員コントロール上必要な装置であることも肌身で知っている。

その会社、右肩上がりが続いているならそれも良い。

しかし、たいていの場合、したり顔で考えていた社員は、将来傍流となる。


ましてや、労働組合が会社経営のことを必要以上に慮る必要は、さらさらない!


何故、このようになったのか?

中曽根内閣の行った、3公社の分割民営化は、赤字解消と共に組合潰しという側面もあった。

抵抗する組合は、徹底的に潰す。

それが、社会的にも、司法的にも保護されない現実を、私達に見せつけている。


国鉄の問題で言えば、赤字を大量に出したのは政治家線路の問題。

そして、これは地域格差是正という、社会保障の問題と密接にリンクしていた。


結果として、JRが3社が黒字化したのは・・・

不採算路線の切り捨て、政治家線路建設の別予算化という2つが貢献している。


そして、地域格差是正の問題を脇にやって、赤字路線は切り捨てられ

政治家線路は、在来線を寸断する形で現在も進行している。


結果として無くなったものは・・・

組合と地方の赤字線。

(私は、赤字でもすべての路線を存続しなさい!なんて無某な主張には与しない

ただ、赤字であっても社会福祉の観点から必要なものはあると考えている

その議論が素通りされた事に違和感を覚えている。

結果として、廃線になったとしても、それが赤字という議論だけでなく、社会福祉上も切り捨てる事を容認するという議論は必要だということ…

つまり、結果ではなくプロセスの問題)


この組合潰しの衝撃は、その後の組合活動に多大なる影響を及ぼす。


ただ・・・

潰された組合に非がないわけではなく、半分くらいは自業自得だと私も感じている。

でも、ここまで徹底して潰す事が、合法的にできるという恐怖感のようなものは感じていた。


民主党の前原新代表が、労組とは是々非々の関係でいくという。

そして、国民の支持を得られるような政党への脱皮を目指すという。

これは、示唆に富んだ言葉である。

組合が、大多数の働く人の声を代弁していないと宣言しているようなものであるから・・・

しかし、問題も多い(これは別に記す)



国際競争の名のもとに・・・

すでに、従順になった大多数の組合は、何を守るのだろう?

某企業では、組合幹部を経験する事が、労務担当取締役へのステップだという。

これでは、組合は働く者のことを守るはずがない。


では、闘う組合はどうか?

別の意味で、社会的に遊離していないか?

(この歳で、私は組合というものにはじめて入ったが・・・

闘う組合を標榜しているが、幹部の保身互助会では?と感じてしまうほどだ(笑)

ただ、私の職業の場合、万一の補償が何もないので組合しか頼る場所はないのだが・・・)


企業は、そして為政者は、国際競争力を高めるために、一部のエリートとその他大勢という社会構造を模索している。

そして、エリートの決定に刃向かうものは、社会的に抹殺されて当然だというコモンセンスを作り上げる。

さらに、この手法は、常に悪者がいなければならない。

そして、悪者に仕立てられたら、合法的に社会から抹殺される。

そんな従順さを、社会に求めている。


働く人を守る組織は、この時代だから重要である。

そのためには、組合そのものが社会性を身につけなければなるまい。

組合が抵抗勢力なのでなく、翼賛勢力だから支持が得られないのであろう。


そして・・・

雇用を守ったり、給与を出してくるのであるから、会社が何とかしてくれる・・・

こんな幻想は捨てた方が良い!

あなたは、1つの使い捨ての利くコマでしかない。